「渡辺さ~ん」
 
 本棚の影から、ひょこっと顔が出て来た。同じ図書委員の木村先輩だ。
 
「僕上がるから。戸締りよろしくね」
「はい」
 
 木村先輩は、出た時と同じような動きで引っ込んだ。
 もうそんな時間なんだ……
 図書室の壁掛時計を確認すると、もう五時近かった。顔を上げると相葉悠一と目が合った。
 相葉君はとっさに身構える。……なによ、その態度?
 
「どのくらい進んだ?」
「は?」
「仕事のことよ!」
 
 ああもう、イライラするな!

 私は相葉君の手から作業表を奪い取ると、高速でそれを見直した。なによこれ……大して進んでないじゃない。

 本当に使えない男だわ!

 私は呆れながらも席を立ち、窓の鍵をチェックしながら、まあ、別に来てくれなくても構わないのだけど、佐々木先生に色々言われるのは面倒だと思ったので、相葉君にもう今日は帰っていいから、明日また来てちょうだいと言い渡した。

***
 
 私が相葉君のやり残した仕事を引きつぎ、完了させたころには六時を回っていた。

 別に慌てはしない。この季節は六時を回っても、ほどほどまだ明るいし、本当ならもっと遅くなってもいいくらいなのだ。
 
 ……百花たち……もう帰っただろうか?
 
 図書委員の仕事は、下校時間を百花とずらす口実だった。
 
 もし時間がかち合ったら、百花はナントカ先輩も引き連れて、私と一緒に帰ると言い出すだろう。そういう子なのだ。

 冗談ではない。

 付き合い始めのカップルの間に、割って入る図々しさも度胸も、私には標準搭載されていない。

 三人で並んで歩く姿――その情景を想像しただけでも、背中にソゾッと悪寒が走る。
 
 静まり返った図書室の照明を落としていくと、暗闇が物悲しく広がった。

 そのときの私には、とても心地の良い暗闇だったが、下校をうながす校内放送が流れたので、鍵を掛け、私はしぶしぶ図書室を後にした。

***
 
 吸い込む外気は、少しヒンヤリしていた。
 日中はまだまだ暑いのに、秋はこんなところに顔を覗かせている。

 紫とオレンジのグラデーション――その不思議な色をした空を眺めていると、そのままその空に溶け込んで、消えてしまいたくなった。


つづく