「……ああ、面倒くせえ……」
 
 相葉悠一の口から、悪態がこぼれる。
 
 色分け作業に、飽きてしまったようだ。
 だらしないだけでなく、集中力もないみたい。だめな男ね。
 
「放課後ただ猥談してるだけより、学校にも貢献出来て、ずっと建設的じゃない?」
「!」
 
 そうだ……
 
「私ね、男に対して常日ごろから思ってたんだけど、そんなに童貞捨てたいなら、お金で女でも買えばいいじゃない?」
 
「そっ、そーいうことじゃないんだよ!」
 
「どういうことよ? まさか、気持ちがなきゃイヤなの~! なんて言うつもりじゃないでしょうね?」
 
「……そういうわけじゃ……」
 
「じゃ、別にいいじゃない。素人よりプロ相手の方がいいんじゃない?」
 
「……大体、そんな金ねぇーつうの!」
 
「アルバイトでもしたら? それに、セレブのオバ様たち相手なら、逆にお小遣いくれるんじゃない?」
 
「……っ! 冗談じゃねーよ! なんでババア相手に……女なら誰でもいいってわけじゃないの! オレの理想は高いの! 胸が大きくて、スタイル抜群の、グラビアアイドルみたいなお姉さん!」
 
 ……本気で、言ってるのかしら?
 
 だとしたら、ずいぶん図々しくて馬鹿なロマンチストだ。
 
 昔観たドラマに出てた女優が、そんな台詞を吐いていた。男はみんな馬鹿なロマンチストだと。
 
 さらに加えるなら、くだらないプライドに必死にしがみつく、惨めな生き物というところか。もう、いっそ死んでくれ。
 
「わがままだな~」
 
「金払うなら、そのくらいのわがまま、許されてもいいだろ!」
 
 あ、お金は払う気あるのね?
 
「いくらくらい掛かるんだろうね~? 私、そんなお金があるんなら、果実園リーベルで、秋の新作パフェでも食べたいわ」
 
 まともに相手するのが、馬鹿馬鹿しくなって来た。
 この手のあつかましい相手を前にすると、百花のことが思い出される。

 百花といえば……願いが叶う本の効果について、大騒ぎしてたな。
 百花のアホみたいな願いが叶うくらいだ。相葉悠一のご都合主義の願いごとだって、もしそんな本があるなら、ラクに叶いそうだ。ははは……。

 頭の程度が同じなら、信じるかもしれない、……なんてね。
 
「……あ、ねえ、相葉君、願い叶えの本って知ってる?」
 
「願い叶え?」
 
「そ。今女子の間で、ひそかにウワサになってる本のこと。私も詳しくは知らないけど、なんでもその本を手にしたら、どんな願いでも叶うらしいよ~」
 
「は? ……正気かよ、それは」
 
「実際、願いが叶ったとかいう、生徒がいるとかなんとか……」
 
「馬鹿馬鹿しい……」
 
 なによ……馬鹿なロマンチストのくせに、本の存在は信じないのね。
 まだ百花よりは、まともってことか。なら……
 
「本って言うくらいだから、案外図書室となにか、関係があるかもしれないよ? ここで仕事してれば、なにかの情報が得られるかも……と思いながら作業やったら、少しは気が紛れるんじゃない?」

「……」

「もし本を手に入れられたら、叶えてもらったら?」
 
「え?」
 
「胸が大きくて、スタイル抜群のグラビアアイドルみたいなお姉さんと、一発やりたいって!」
 
「……っ!!!!」

 
 ハハハハハ! ホント、アホ!
 
「そうだな……。それもいいかもな。でも、とりあえず現実的にバイトして、金でも貯めようかな~?」
 
 ……。
 はあ?

 なに言い出すのよこいつ! ……本当に馬鹿ね。呆れるわ……。

 でもバイト先の人と付き合い出したって子、いたな……。出会いの場としてはいいのかも。
 
「いいんじゃない? 案外バイト先で、いい出会いなんかあったり、するかもしれないしね」
 
 願いが叶う本なんかより、よっぽと建設的だわ。
 
「……渡辺だったら、なにを願う?」
「え?」
「その本が手に入ったら」
 
 改めて、そんな馬鹿馬鹿しい質問を受けるとは思わなかった。
 ……だけど。もし、本当に願いが叶うとしたら、考えるまでもない。

 私の願いはただ一つ……
 
「……秘密」
 
 それは決して、言葉にしてはいけない願い。


つづく