オレはそのまま、渡辺明日奈とやった。

 夕陽が目に差し込んで我に返ったときは、学校からの帰り道を、とぼとぼ一人歩いていた。

 ――そのときのことは、良く思い出せない。

 たいがい気持ち良かったと思う。でも自分でしているときと変わりないような、なんの感動もない。
 
 セックスなんてこんなものかと、溜め息をついたとき、していたときの渡辺の顔を、まったく思い出せないことに気がついた。
 
 いや……もう、そんなことどうでもいい。
 なにも、考えたくない。

 オレはその日以降、図書室に行くのをやめた。

 ただ、このことがのちに、オレの人生を大きく変えてしまうことを、そのときのオレは知るよしもなかった。
 
***
 
 渡辺がどう言うつもりだったのか、考えなかったわけじゃない。

 あんな状況であっても、オレに体を許したのだ。
 もしかしたら、オレのことを好きだったのかと、思わなかったわけじゃない。

 ただそうであっても、そうじゃなくても、渡辺と向き合うことが怖かった。

 他人の気持ちを想像すると言うことは、なんとも恐ろしいことだ。

 それに、オレにはなんの覚悟もなかった。
 その上、渡辺のことが好きだったのか? と聞かれても……とても「そうだ」と答えられる感情は、持ち合わせていなかったと思う。

 あのときのオレの感情を、一番適切に表現出来る言葉は、やはり「ただ、したかった」だろう。おそらく。

 そのくらい「童貞」への引け目が、きっとオレにあったのだ。

 きっかけはいささか乱暴ではあったが、あの行為は合意の上だ。

 ――そう思い込もうとしてるのに、日につれて、その行為に対するオレの罪の意識は増していった。

 なんでなんだろう? 「童貞」を、とりあえず捨てられたら、もっと……もっと晴れやかな気分になれるかと思ってたのに。

 他の連中は、どんな気持ちになるものなんだろう? 絶対、今のオレのようになってるやつなんか、いない気がする。

 ――なんで?

 心が、心が重苦しい……もう、あのときのことは、微塵も思い出したくない。

 オレは数カ月のあいだ、息を押し殺すように、自分の中にある「渡辺 明日奈」を忘れることに必死だった。


つづく