【九月八日(月曜日)】
オレの不安と心配をよそに、連休明けにオレは担任の佐々木に呼び出され、罰当番の終了を言い渡された。
渡辺明日奈が、佐々木になにか言ったのは明白だ。
だがオレには、それが有り難かった。
正直、心底ほっとしていた。
これで渡辺と、顔を合わせずに済む。
ここ数日間の中で、おそらく一番幸せを感じた瞬間だ。
そう、幸せを感じたはずだった……。
***
しばらくして、城内百花がサッカー部のなんとか先輩と別れたって話が、ウワサになった。
***
オレは、図書室に久しぶりに来ていた。
もう二度と来ることはないと思っていたこの場所に。
図書室は本の整理が完全に終わり、整然としている。
本がいたるところに雑然と置かれていた、数週間前の図書室とはまるで違っていた。
すべての本がきちっと本棚に収められ、本来のあるべき姿を、図書室は取り戻したようだ。
……図書室の一番奥。
いつも、この場所で窓の外を眺めていた渡辺も、ここにはもういない。
図書室の窓の真下のサッカー場では、今日も部員たちが、さわやかに青春している。
――オレは全てを理解した。
そう、全部分かったんだ。
なんてことはない。
渡辺はあの本を……あの本をきっと、見つけたんだ。
――グラウンド、
――サッカー部、
――この窓から、いつも眺めていたものも……。
つまりは、そういうことだ。
どこにでもある、つまらない恋愛関係のもつれ。彼女は、友達の恋人を好きだったわけだ。
そしてあの「願い叶えの本」に……。
どんな願いをしたかは、こんなオレでも想像がつく。
そこまでに人を想うとは、どんなことなのだろう?
汚くても、醜くても、残酷でも、ひたすらに真っすぐに、一途に一人の人間を――。
オレには到底、分からなかった。
恐ろしくて、そして羨ましかった。
オレは今まで生きてきて、誰かにそんな強く激しい感情を抱いたことなどない。この先だって――ないかもしれない。
オレはもしかしたら、渡辺のそんな想いを秘めた眼差しに、あの日から、憧れていたのかもしれない。
窓の外を眺めていると、グラウンドを横切り、城内百花と連れ立って下校する、渡辺明日奈の姿が目に入った。
なにを話しているのか、ここからでは分かるはずもない。
が……笑っていた。渡辺があんなに幸せそうに微笑んでいるのを、初めて見る気がした。
城内は、向こうの野球グラウンドから飛んできたボールにびっくりし、キテレツな動きをする。渡辺は可笑しそうに、さらに笑った。
城内はムキになって、持っていたテニスラケットでボールを、野球部の方へ打ち返した。
……テニス……ラケット?
テニス……
テニスコート……
え……?
……彼女は幸せそうだった。
……オレはもしかしたら、とんでもない思い違いを、しているんじゃないだろうか?
彼女の微笑みに、オレは本当の真実の片鱗を見た気がした。
つづく
オレの不安と心配をよそに、連休明けにオレは担任の佐々木に呼び出され、罰当番の終了を言い渡された。
渡辺明日奈が、佐々木になにか言ったのは明白だ。
だがオレには、それが有り難かった。
正直、心底ほっとしていた。
これで渡辺と、顔を合わせずに済む。
ここ数日間の中で、おそらく一番幸せを感じた瞬間だ。
そう、幸せを感じたはずだった……。
***
しばらくして、城内百花がサッカー部のなんとか先輩と別れたって話が、ウワサになった。
***
オレは、図書室に久しぶりに来ていた。
もう二度と来ることはないと思っていたこの場所に。
図書室は本の整理が完全に終わり、整然としている。
本がいたるところに雑然と置かれていた、数週間前の図書室とはまるで違っていた。
すべての本がきちっと本棚に収められ、本来のあるべき姿を、図書室は取り戻したようだ。
……図書室の一番奥。
いつも、この場所で窓の外を眺めていた渡辺も、ここにはもういない。
図書室の窓の真下のサッカー場では、今日も部員たちが、さわやかに青春している。
――オレは全てを理解した。
そう、全部分かったんだ。
なんてことはない。
渡辺はあの本を……あの本をきっと、見つけたんだ。
――グラウンド、
――サッカー部、
――この窓から、いつも眺めていたものも……。
つまりは、そういうことだ。
どこにでもある、つまらない恋愛関係のもつれ。彼女は、友達の恋人を好きだったわけだ。
そしてあの「願い叶えの本」に……。
どんな願いをしたかは、こんなオレでも想像がつく。
そこまでに人を想うとは、どんなことなのだろう?
汚くても、醜くても、残酷でも、ひたすらに真っすぐに、一途に一人の人間を――。
オレには到底、分からなかった。
恐ろしくて、そして羨ましかった。
オレは今まで生きてきて、誰かにそんな強く激しい感情を抱いたことなどない。この先だって――ないかもしれない。
オレはもしかしたら、渡辺のそんな想いを秘めた眼差しに、あの日から、憧れていたのかもしれない。
窓の外を眺めていると、グラウンドを横切り、城内百花と連れ立って下校する、渡辺明日奈の姿が目に入った。
なにを話しているのか、ここからでは分かるはずもない。
が……笑っていた。渡辺があんなに幸せそうに微笑んでいるのを、初めて見る気がした。
城内は、向こうの野球グラウンドから飛んできたボールにびっくりし、キテレツな動きをする。渡辺は可笑しそうに、さらに笑った。
城内はムキになって、持っていたテニスラケットでボールを、野球部の方へ打ち返した。
……テニス……ラケット?
テニス……
テニスコート……
え……?
……彼女は幸せそうだった。
……オレはもしかしたら、とんでもない思い違いを、しているんじゃないだろうか?
彼女の微笑みに、オレは本当の真実の片鱗を見た気がした。
つづく