オレは押し倒していた渡辺の上から飛びのくと、一目散にその場から逃げ出した。

 
 ――吐き気がした。

 オレを見つめる渡辺の目は、冷たくて、濁っていて、それでいて吸い込まれそうで怖かった。

 まるで渡辺が、人ではないような……宇宙人のような気がした。
 
 恐ろしい……とにかく恐ろしかった。
 
 オレは戻しそうになるのを必死で堪え、図書室から、あの得体の知れないなにかから、少しでも遠くに離れるため、夢中で走った。

***

【九月六日(土曜日)】

 次の日は土曜日で、新学期が始まって初の連休だった。

 ほっとした。学校に行かなくていいからだ。
 登校拒否するやつの気持ちが、今、痛いほど分かる。
 休みが明けるのが、恐ろしかった。
 渡辺にどんな顔をして会えばいいか、分からなかったからだ。
 
***
 
 あのとき……渡辺は、なにを考えていたんだろう?
 オレのことを、どう思ったんだろうか?

 実際会ってはいなくても、その連休中は、なにをしても渡辺のことばかり考えていた。

 部屋でボーっとしているときも、飯を食ってる時も、風呂に入ってるときも、ずっと……。

 連休が永遠のように感じられて、オレは次第に、居ても立っても居られなくなっていた。

 渡辺の連絡先を知っていそうなやつに、彼女の連絡先を聞くかを迷って、スマホを取っては、勇気が出ず、溜め息をつくばかりの体たらく。

 だいたい、渡辺と連絡が取れたら、取れたで、なにを話せばいいのか分からなかった。分からなかったし、本当のところを言うと……彼女の声すら聞くのが怖い。

 罪の意識と、渡辺明日奈への気まずさと、彼女を衝動的に押し倒してしまった劣情などの、さまざまな感情がオレにのしかかって来た。

 苦しい……とにかく苦しい。

 どうしていいか分からない。
 怖い……とにかく怖い。

 すべてが堪らなく怖くなって、このまま連休が明けて欲しいのか、はたまた明けて欲しくないのか、オレは自分の心さえよく分からなくなっていた。


つづく