「なんか悪いな……」
「いいわよ別に。私もさっき先生から貰っちゃって、実は困ってたから」
「渡辺、焼きそばパン嫌いなのか?」
「別に嫌いじゃないわよ。でも私、お弁当だし」

 渡辺がそう言って机の上に出したのは、手作り風の巾着に入った、小さな弁当箱だ。

 図書室の準備室は涼しいらしく、いつもそこに弁当を置いているんだと、何気なく渡辺は教えてくれた。
 
 蓋を開けると中身は、彩りのキレイで可愛い、いかにも女子の弁当だった。

 海苔の巻かれた小さな俵形のオニギリ二つと、鮮やかな黄色の、美しく焼き巻かれた玉子焼き。肉肉しい美味そうなミートボールの横に、青々としたブロッコリーと、赤く輝くプチトマトが並んでいる。

 オレからすれば、たいへんミニマムな弁当なのだが、美味そうは美味そうだ。

 こんな可愛らしい弁当、あまり渡辺のイメージと合わないな……とか、こんなもんで、腹が膨くれるのかとか、ぼーと考えていると、渡辺がクスクスと笑い出した。

「え?」
「だって、焼きそばパンにイチゴミルクって……ククク……」
「いいよ、もう食えりゃ! 朝飯も食ってないし、文句なんかいってらんねーよ」
「朝ご飯、食べてないの?」
「食ってる暇なかった……起きたらもう、九時過ぎててさ……」

 オレはしゃべる時間も惜しくなって来て、焼きそばパンの袋を乱暴に破った。

 ソースのいい香りが、開けた袋の口から漂ってくる。きつね色に焼かれたコッペパンを割って挟まっている、ソース色の焼きそばが、たわわと溢れ出しそうだ。

 オレは吸い寄せられるように、大口で一気に、焼きそばパンにかぶりつく。

 柔らかいパンの弾力と、焼きそばのプリプリした食感がたまらない。
 
 ああ……美味い! なんて美味さだろう! 湿舌に尽くしがたいとはきっとこのことだ! 生きててよかった! 泣きそうだ!

 オレの焼きそばパンへの感動をよそに、渡辺が呆れた声で、話しかけてきた。

「そんなので大丈夫なの? 学食は?」
「……は? だって、学食混んでるじゃん? 買うまですごい並ぶし、座れないしさ……外に持って行って食うと、食器戻すの、たるい」
「……そうなんだ?」
「学食に行ったことないのか? まあ、弁当なら必要ないもんな」
「え……うん。まあね」

 図書委員の仕事も昼休みにやってるしと、歯切れ悪く渡辺は答えた。

「それじゃせめて、これも分けてあげるよ」

 渡辺が弁当とは別のタッパから出したのは、食べやすく切られたリンゴだった。
 
 むしろ、焼け石に水といった量だ。
 それにそのリンゴを摘むのは、なんだか女の領域に踏み込むみたいで、気恥ずかしかった。

 相手は渡辺なのに……

 焼きそばパンに釣られて、図書室までのこのこついて来てしまったが、傍から見たらオレたち、仲よくメシ食ってるバカップルみたいじゃないか?

 オレは慌てて、周りを見回した。
 
 さすがの図書室も、昼休みまでは利用する生徒も少ないのか……

 そう、今、図書室にいるのはオレと渡辺の二人だけだった。

 そんなことを、急に意識させられた。

 なかなかリンゴを取らないオレに、リンゴもしかして嫌いだった? と、ちょっと申し訳なさそうに、渡辺が小首を傾げる。
 そんななんでもない仕草に、ドキッとしてしまった。


 ……。

 違う……。

 そんなんじゃない。

 オレは努めて冷静さを装い、添えてあった爪楊枝で、リンゴを取りあげた。

「果物好きなのか?」
「うん。大好き。果物ならほとんどなんでも。あ、でもドリアンとかは、食べたことないけどね?」

 フッと渡辺が微笑んだ。
 本当に果物が好きなんだと思った。
 
 なんだか……少し意外だ。

 “大好き”なんて言葉にする渡辺も、柔らかく微笑む渡辺も。
 だけど意外だなんて思うほど、オレは渡辺のことを知っているのだろうか?

 少し苦しくてほんのり甘く、それでいてヒンヤリと冷たい感情が、自分の中を静かに漂うのを感じた。

 口の中でシャリッと音を立てるリンゴは、甘酸っぱくて少し、しょっぱかった。


つづく