前日手伝った書籍色分け表を、オレはパラパラと捲った。
 
 こんなにあるのかよと、図書室を利用しているやつらが憎らしくなった。
 本なんか読むより、他にやることあるんじゃねーか、若者は!
 
 表を捲って行くうちに、すぐにオレが書いた字ではない文字が、目に飛び込んで来た。

 オレの字とは似つきもしない、キレイな字だ。

 前日昇降口付近で見掛けた、渡辺の後ろ姿が思い出される。
 たしか六時を過ぎていた。オレが抜けたあとも、ずっと一人で作業していたのか?
 
 以降全ての色分け表が、その字体で埋め尽くされていた。
 オレが前日手伝った分など、ほとんどないに等しかったようだ。
 
 別に罪悪感などない。

 オレは渡辺がいいと言うまでは、手伝ったのだから。
 それにこれは、もともと渡辺の仕事だ。

 ――仕事……?

 仕事ったって、たかが図書委員会の仕事だ。
 こんなクソ真面目に、やる義務なんかない気がする。そういう律義な性格だってことか? ご苦労なこった。

 オレは、渡辺がなぜここまでするのか理解できず、それとはまた別の、よく分からないモヤッとした感情に挟まれていた。

***
 
 えっと、“原色化学実験プロセス図解”、分類科学、“理科薬品の利用と管理”、分類理科室整備、“インターネットと教育”、分類インターネット……
 
 ……。

 ……。

 ……って、うがー!
 
 頭痛くなって来た!
 なんじゃこりゃ! もっと楽しそうな本、置けってんだよ!
 グラビア雑誌とか、せめて官能小説とか!

 ……。

 無理か。
 
 本って言えば……“願いが叶う本”なんて、本当に仕入れてくれたらいいのにな。
 そしたらとりあえず、この罰当番から開放してもらうか。
 本から魔人でも出て来るのか? ハハ……。
 願いの代償に、魂持って行かれたりしてな……それはやだな。

『そ。今女子の間で、ひそかにウワサになってる本のこと。私も詳しくは知らないけど、なんでもその本を手にしたら、どんな願いでも叶うらしいよ~』
 
 前日の、渡辺の言葉が頭を過ぎる。

 ウワサ……
 
 たかがウワサだけども。

 されどウワサ。

 火のないところに、煙は立たない……なんてコトワザもあった。
 本当にあったらいいのに、なんて夢みたいなことを考えてしまうのも、作業に対する逃避と、この図書室という空間にいるせいだろう。
 
「相葉くーん! もう、そろそろ五時回るけど、バイト大丈夫?」

 渡辺の声が、返却カウンターの方から飛んで来た。
 バイトはないが、腹は減っている。帰りたい。

 そういうわけで……

「やべー! オレ帰るわ! じゃあな、渡辺!」
「あ、相葉君!」
 

つづく