「ねえ、知ってる?」

「……あのウワサこと?」

「そうそう」

「学校内のどこかにある……」

「不思議な本……」

「その本を見つけ出したものは――」

***

【九月一日(月曜日)】

 もう九月と言っても、まだまだ残暑が残るこの季節。夕方の理科室も、例外ではなかった。

 西日の日差しが煌々と窓から入ってくる。眩しさのあまり、オレは思わず目を細めた。
 
 それにしたってこの蒸し暑い部屋の中で、オレは一体なにをやっているのか?

 一夏の体験を得意げに話す友人らと、このサウナのような理科室に、だんだんと腹が立って来た。

 どーせオレは、この夏、女をモノに出来なかった。

 たしかに夏になると、バカみたいに人口密度の高くなる日本の海には、イカ焼とカキ氷を食べ、日焼けに行っただけで終った。

 ――だったらなんだ!

 友人らの楽しそうで卑猥(ひわい)な会話は、オレの甲斐性のなさと、情けなさを、あざ笑っているようだった。

 特にシャクに障るのは、オレよりもチビで普段ボヘッとしている梅野(うめの)が、童貞を捨てたことだ。

 はじめは冗談だろうと思ったが、話す内容がいちいちリアルで、信用せざるおえなくて、オレの男のプライドは風前のともしびだった。

 そんな時だった。

『一年A組の相葉悠一(あいば ゆういち)君、至急職員室に来てください』

 職員室に呼びたし……今日は厄日だ。

 やることなすこと、すべてダメ――そんな日ってあるだろう?

 憂鬱な新学期の始まりだなぁと、自分の運のなさをオレは改めて呪った。

 オレは友人らにからかわれながら、仕方なく理科室を後にした。足取りは重い――。

 気が重い日は、わりと日常茶飯事だ。

 ただ、少しツイてない――

 この時のオレは、そんな風に軽く思っていた。

 今後のオレの人生を、大きく左右することがこれから待っているなんて、微塵も思っていなかった。


つづく