『いつか「鬼神様」にお目見えするかもしれないからね、その時はこの帯を付けるといい。来年は帯に似合う着物を贈るよ』と笑った両親の笑顔を。
 衣裳部屋に置かれてあった帯を持ち出すと、華絵の部屋……以前の自分の部屋に入り、机の上に帯を置く。数十年過ごしてきた部屋は、もう他人のもの。由乃の気配を嫌った華絵は、前から部屋にあった全てのものを焼き捨てた。思い出の写真も、可愛がっていた人形も。灰になり消えた。

「遅い! 早くしろって言ったでしょ! 愚図ね!」

 背後から嫌味な怒鳴り声が響く。華絵が部屋に戻ってきたのだ。物思いに耽っていた由乃は、華絵の足音に気付かなかった迂闊な自分を罵る。だが、後悔先に立たず。仕方なく、出来るだけ華絵の顔を見ずにその場を去ろうとしたのだが、呼び止められてしまった。

「待って。ヨネに着付けを手伝うよう伝えなさい。今日は振袖を着なくてはならないもの」

 その言葉に由乃は首を捻る。
(振袖? なぜ振袖を? そういえば帯も特別なものだし……)
 不審に思い表情を窺うと、いつもへの字に曲がった華絵の口角が上がっている。どこか気味の悪さを感じて由乃はぶるっと震えた。

「……なにをもたもたしているのよ。もういいから、早く行きなさい!」
「……っ、はい」

 急いで部屋を出ると、ヨネに伝言をした。なにがあるのかはわからないけれど、自分には関係のないこと。気味の悪い華絵に近付くなどごめんだったし、勘繰るのも無駄な労力である。そう思い、由乃は粛々と家事をこなした。