由乃は、夕餉の支度の前に一度、自室に戻った。
 昨夜、机の抽斗を開けてみた時、硯や筆の筆記用具の他に、一筆箋が入っていたのを確認している。その一筆箋を取り出すと、由乃は手紙を書いた。
 手紙と言っても、自分の想いなどは認めず、簡単に挨拶だけを書いたものである。押しつけがましくなるのだけは絶対嫌だったのだ。読んでもらえるかどうかはわからない。ただ、興味を持ってもらえればそれでいいと思っていた。
 手紙を書き終えると、作った夕餉の角盆の隅に載せ、隙間に忍ばせる。
 そうして、由乃は奏の部屋に行き、昼餉を下げ、代わりに夕餉を置いた。
 夕方六時を過ぎた頃、鳴が仕事から帰ってきた。蜜豆と白玉、鳴の夕餉も用意し、頃合いを見て奏の部屋の様子を見に行った。
 食器は空。手紙は……置かれたままだった。
(やっぱりそうよね。でも、明日の朝も書こう。せっかく始めたことだから、続けよう)
 由乃は角盆を下げ、厨房に戻る。彼女の表情を見て、厳島が慰めるような微笑みを返す。夕餉前に事情を話しておいた鳴、そして蜜豆と白玉も同じ表情だ。
 次の日の朝餉、由乃は庭園の枯れかけていた蝋梅が見事に咲いた話を書いた。昼餉には北風が強く、洗濯物が凍ってしまったこと、夕餉時は厨房の最新の器具で、簡単な西洋菓子を作ったことなどを書いた。手紙は置かれたままで、目を通したかどうかはわからなかったが、それでも由乃はしつこく続けた。
 次の日も、また次の日も。
 そうするうちに、あっという間に一週間が経った。由乃は今日も昼餉に手紙を添えた。
 そして、いつものように、朝餉を下げに行くと……角盆の上に、不思議なものを見付けたのだ。それは、紙で折られた梅の花。使われた紙は、由乃の一筆箋のようだ。

「厳島さんっ! 見て下さい!」

 由乃は厨房へ駆け込むと、厳島に叫んだ。