「まだまだじゃないか。このままじゃ峰水大学も厳しいな……」
「うん」
 高校三年生、長そでに暑さを感じ始めた、初夏。昼間、暑さでぐったりとすることが出てきた頃。毎月のようにある模試のうちの、ひとつの結果が返ってきた。結果の紙を、父は寝る前だというのにコーヒー片手に目を通した。この模試を受けた時期は部活を引退したばかりで、燃え尽きで正直あまり集中が出来なかった……というのは両親に言えるわけがない。リビングに重苦しい空気が漂って、母親が遠くで洗濯物を干しながらため息をついた。押しつぶされそうになって喉が詰まる、この空間が苦手だ。
「いいか、大学受験は高校受験ほど甘くない。まず日彩は普段からスマホを見すぎだ、もっと勉強に」
「わかってる、今日からまた頑張ります」
「おい日彩」
 父が私の事を思って言ってくれているのはわかっているつもりだ。けれど、やっぱりその言葉でモチベーションがさがってしまうの。言われるであろう言葉を察知した私は、遮るように謝って、結果の紙を掴み自室へと逃げ込んだ。父の止めるような声が聞こえたけれど、強く決めて振り返らない。階段を駆け上がって扉を閉めた時、さっきの母のため息が脳内で繰り返された。ベッドにぼすんと体を沈める。スマホを開いて、またすぐに机に向かえなかった自分に嫌気がさした。こんな状況で、大学に受かるはずがないのに。峰水大学と検索し、ホームページを開く。あんまり心が躍らないのは、一番行きたい大学ではないから。父と母が勧める、自宅からも通える距離にある国公立の峰水大学を高校入学時から志望していた。本当は他に心から行きたいと思った大学があるけれど、この時期になってもまだ両親に言うことが出来ていない。峰水大学のホームページを閉じる。少し迷ってから、今度は湊橋大学と検索した。湊橋大学は東京にある私立大学で、学費も高く、もし通うことになったら一人暮らしをしないといけない。湊橋大学は偏差値がかなり高く、峰水大学ですら難しい偏差値の私では相当に厳しい。もっと勉強しないと、まずその前に湊橋大学に行きたいって両親に切り出さないと。今日何回目かのため息をつく。今日も本当に疲れた。英単語だけやって今日は寝よう。明日から、また気持ちを切り替えて頑張ろう。
 体を起こして英単語帳を手に取り、赤シートを挟んだページを開いた。高校入学時に学校で配られたこの英単語帳も、もう三年目の付き合い。同級生みんなが持っている、使い込まれて年季が入った英単語帳。surrender、降伏する。reproduce、再生する。acknowledge……なんだっけ。あ、認める、か。何周しても何かしらの単語は抜けてしまう私、甘いんだろうか。もっと何周もして、やりこんで完璧にしないといけないだろうに。
 十五分ほど英単語をやったところで、眠気に勝てなくなる。もう寝よう、おやすみ、おやすみ。明日も勉強、明後日も勉強、受験生に休みはないなんて、本当にそうだ。果てしないように思える大学受験までの道のり。高校入学時にも同じことを思ったけれど、気づけばもう高校生活の三分の二を過ぎている。今日までの高校生活は、あっという間だった。けれど、この先の受験、卒業というゴールまでは、まだまだ遠く感じる。電気を消して目を閉じれば、疲れからかすぐに眠りに落ちた。