宿題や課題学習をやったり、輝跡の魔法を試したり、と休暇期間を過ごす中で、アドルフから二通の手紙が届いた。一通はリオル宛てである。
リオニー宛てのほうは、事件後の私を心配する内容だ。リオル宛てのほうは、都合があれば一緒にでかけたい、というものだった。なんでも、錬金術に関する本を探したいらしい。
ロンリンギア公爵家にない本などあるのか、と思いつつも、誘いに応じる旨を書いた手紙をアドルフへ送り返す。
一応、リオルでいるときと、リオニーでいるときと、筆跡は分けているつもりだ。
今回のように、同じタイミングで手紙を返すのは初めてである。
どうかバレませんように、と願うばかりだ。
翌日、アドルフから返事があった。今度はリオル宛てのみである。
いつでもいいと手紙に書いたら、明日の午後から行こう、という話になった。
降誕祭パーティー同様に、家まで馬車で迎えに来てくれるらしい。
悠長に構えていたものの、魔法学校以外の私服を持っていないことに気付く。
慌てて、リオルの服を借りに行ったのだった。
こうして迎えた、アドルフとのお出かけ日当日――私は一年前に購入したリオルの服を着て、ロンリンギア公爵家からやってきた馬車に乗りこむ。
今日はチキンも同行させた。久しぶりの外出で嬉しいのか、歌を唄っている。
『ご主人を害する者は等しく滅するちゅり~~』
物騒な歌だったが、聞かなかったことにする。
アドルフは紳士然とした、フロックコートをまとう姿でいた。
一方で私は、フリル付きのブラウスにアスコットタイ、ズボンを合わせ、上からジャケットを着るという、少年感溢れる恰好である。
アドルフと私を見比べると、明らかに幼い恰好であった。
アドルフは体格も顔付きも、すでに青年のようになっている。街を歩いていても、大人の男性に見られるだろう。
悔しいが、男装生活もそろそろ限界が訪れている証拠だろう。あと数ヶ月、バレないままでなんとかやり過ごしたい。
「リオル、いきなり誘ってすまなかったな」
「いいよ、別に。暇だったし」
「宿題や課題は終わったのか?」
「もちろん」
アドルフも当然、提出物はすべて終わっていたらしい。私もそうだろうと見越して誘ってくれたようだ。
「リオニーはどうしている? 元気か?」
「元気いっぱいだよ」
「事件について聞いたか?」
「聞いた」
アドルフは申し訳なさそうな表情でいる。アドルフのせいではない、と伝えておいた。
それから馬車は無言のまま進んでいく。
アドルフは窓を眺めつつ、ポツリと呟いた。
「それにしても、休暇期間が退屈だと思ったのは、生まれて初めてだったな」
なんと彼は、これまで感じていなかった学校生活が楽しい、という感情が芽生えているようだ。
「たぶん、リオルとああだこうだと言いながら、勉強しているからだと思う」
「だから、僕に連絡してくれたんだ」
「まあ、そうだな」
アドルフは私をひとりの友達として、一緒に過ごす時間を楽しんでくれているという。なんとも光栄なことである。
馬車は途中で止まり、ここから先は歩きで行くらしい。
「もしかして、表通りにある魔法書店ではない?」
「ああ、そうだ。路地裏にある古い魔法書を扱う店なんだが」
「へえ、そうなんだ」
中央街の路地裏にそういう店があるのは初耳であった。
ただ、心配なのは価格である。魔法書は古ければ古いほど、高値がつく。
私に与えられた予算で買えるとはとても思えないのだが……。気になる本がないことを祈るばかりであった。
路地に入り、歩くこと十五分ほど。途中で道は行き止まりになった。
高くそびえる壁に、アドルフは何を思ったのか手を添える。
「アドルフ、どうかしたの?」
「ここが店への入り口だ」
「え!?」
そんな会話をしている間に、魔法陣が浮かび上がる。
何もなかった壁に入り口が現れ、覗き込むと地下に繋がる階段が見えた。
階段を下りていった先に、魔法書の古書店があったのだ。
「驚いた。出入り口を魔法で隠しているなんて」
「ここは会員制の店なんだ。普通の人は入店お断りらしい」
アドルフはロンリンギア公爵の紹介を受け、ここに出入りする資格を得たようだ。
なんでもある程度の資産と魔法使いとしての実力がなければ、店に入ることすらできないらしい。
「僕が一緒にきてもよかったの?」
「一名まで、同行者が認められている」
ただし、一名につき一名までしか連れてくることができないようだ。
出入り口にある魔法陣に手を触れ、魔力を登録する仕組みだという。
使い魔は一体まで入場できるようだ。チキンをお店の前に置き去りにせずに済みそうで、ホッとする。
「それはそうと、同行者は僕でよかったの?」
「リオルしかいない」
私は今、名前と性別を偽って、アドルフの隣に立っている。
本来ならば、ふさわしくない相手なのだが……。
今、それを気にしている場合ではない。アドルフの好意に甘え、魔力を登録する。
アドルフが古書店の扉に手をかざすと、自動で開いた。
ギイ、と年季が入った音が鳴り響く。
店内に入ると、想像の斜め上を超えた光景が広がっていて驚いた。
壁一面、本が並べられており、それだけでなく、床や天井にまで本がある。空中をふよふよと泳いでいる本や、床を走る本、犬のようにワンワンと鳴く本など、信じがたい状態の本もあった。
「何、これ?」
「面白いだろう」
店内に人はいない。なんでも欲しい本を手に取り、店を出た瞬間に家に請求書が届くのだという。
「もしも支払わなかったらどうするの?」
「死神みたいな使い魔に襲われるらしい」
「恐ろしい話だ」
それにしても、これだけの数の本があったら、探すほうも大変だ。なんて疑問を口にしたら、アドルフがニッと笑いながら答える。
「いや、欲しい本はすぐに見つかる」
「どうやって?」
アドルフが「五百年以上前に出版された、錬金術関係の魔法書」と口にすると、本棚から次々と本が手元に飛んでくる。ふわふわ浮遊しており、好きな本を手に取って読めるらしい。
「いったいどんな魔法が使われているんだ」
「考えたくもないくらい、複雑な魔法式が展開されているのだろうな」
アドルフが探していた錬金術の魔法書は、自分で作った金属から作る魔道具について。
「リオニーのために金属から手作りして、身に着けられる|お守り(アミュレット)を作りたい」
「それはまた壮大な計画だ」
装備するだけで悪意を跳ね飛ばすような、強力な物を作りたいという。
手に取った魔法書の値段は金貨十二枚。庶民の一年間の年収といったところか。
五百年前の本にしたら、まあ、安いほうだろう。なんでも発行部数が多かったので、そこまで価格は高くないらしい。
アドルフは目的の本が見つかって、嬉しそうだった。
「リオルは欲しい本はないのか?」
「今日のところは思いつかないかも」
そういうことにしておく。欲しい本があっても、きっと買えないだろうから。
アドルフと共に店を出る。行き止まりだった壁を振り返ったら、出入り口はなくなっていた。
「リオル、もう一軒付き合ってほしいのだが」
「いいよ」
アドルフの買い物はこれで終わりではなかったらしい。時間が許す限り、付き合うつもりだ。
その後、貴族御用達の商店街に向かい、装身具や宝飾品などを取り扱う小売店(ブティック)の前で険しい表情でいた。
「ねえアドルフ。ここに何を買いにきたの?」
「リオニーへの贈り物だ」
「なんの贈り物?」
降誕祭の贈り物は婚約指輪やドレス一式をすでに貰っているし、誕生日でもない。贈り物を受け取る理由がまったく思いつかなかった。
「この前、リオニーから手作りのセーターを貰ったんだ。それがとてつもなく素晴らしい品で、お返しがしたいと思った」
降誕祭の日、どぶに沈められたセーターは、ランドリーメイドの手で見事に復活を遂げたようだ。
アドルフからの手紙にもセーターは大丈夫だったと書かれてあったが、本人の口から聞くと改めてよかった、と思う。
「それで、リオルに聞きたいのだが、リオニーはどういった品を好んでいるのだ?」
「姉上の好み?」
「弟だったら知っているだろう?」
ここでピンとくる。アドルフは私にそれを聞き出すために同行を頼んだのだろう。
魔法書を購入するなんて、別にひとりでもできたのに、と不思議だったのだ。
ただ、姉弟だからといって、好みを把握しているだろうか?
私はリオルに贈ったら喜ぶ物なんてわからない。リオルも私が喜ぶ物なんて答えられないだろう。
それに、私自身が喜ぶ品を、ここで本人に伝えるのもどうかと思う。
「いや、家族だからと言って、そんなの知るわけないでしょう」
「そんなものなのか? 姉弟だろう?」
「アドルフはロンリンギア公爵の好みは知っているの?」
「知らない」
家族間でもよほど仲良くない限りは、贈って喜ぶ物なんて知らないのが普通だろう。
「別に、相手が何を喜ぶかっていうのは、考えなくてもいいんじゃない? 大事なのは相手に喜んでもらいたいって言う気持ちというか、なんというか」
「それはそうかもしれないが、俺はリオニーが贈り物を開封して、瞳をキラキラ輝かせる顔が見たい!!」
拳を握り、力説される。それを聞いてしまった時点で、そういう反応ができる自信が砕け散る。
私はきっと、アドルフの期待に応えられないだろう。
「では、いくつか質問する。リオル、リオニーは、ここにあるような巨大ぬいぐるみを贈って喜ぶだろうか?」
アドルフが指差したのは、店頭の椅子に座らせてある等身大の熊のぬいぐるみだ。
正直、これを貰っても……という感情がこみあげる。けれども、選んでくれたアドルフの気持ちは嬉しいから、笑顔で受け取れるだろう。
「いいんじゃない」
「いい? それはリオルの個人的な感想だろうが」
「いや、そうだけれど」
リオニーは私だし、なんて言えるわけがない。
「では、質問を変えよう。リオニーの部屋に、ぬいぐるみのひとつでもあるだろうか?」
幼少期にはいくつか所持していたような気がするが、そのどれもがきれいに洗って養育院に寄贈した。現在、私の部屋にぬいぐるみなんてない。
「姉上の部屋にぬいぐるみ? ないけれど」
「ならば、これを贈っても喜ばない!」
アドルフはバッサリと切り捨てる。
次に立ち止まったのは、宝飾品を取り扱うお店だ。エメラルドの首飾りと耳飾りの|半分の(デミ・)|一揃い(パリュール)がガラスのショーケースの中で展示されている。
「リオル、リオニーはこのエメラルドの宝飾品が似合うドレスを持っているだろうか?」
「知らない。姉上のドレスなんて、いちいち気にしないから」
リオルだったらこう答えるであろう内容を、そのままアドルフに伝える。
「ならば、ドレスも贈ればいいのか?」
「いや、セーター一着のお礼に対して、贅沢過ぎるから! あまり高価な品だと、姉上も気まずくなると思う」
「そうなのか」
ロンリンギア公爵家では、エメラルドの宝飾品をポンポン買える予算をアドルフに振りわけているのか、と思いきやそうではないという。
アドルフが使うお金は、自分で稼いだものらしい。見習いとしてロンリンギア公爵の仕事を手伝っていたという話は聞いていたものの、きちんと報酬を得ていたようだ。
なんでも長年使わずにいたため、相当な額が貯まっているらしい。
「前に、姉上はアドルフからガラスの宝飾品を貰ったと話していた。そういうのでいいのでは?」
「ああ、あれか。数ヶ月前なのだが、すでに懐かしいな」
下町に売られていたガラスの宝飾品を、宝石と同等の値段で売られていたものを買ってもらったという、酷いとしか言いようがない出来事だ。
「今思えば、あれはガラスでできた物だとわかっていて、買うように仕向けたのかもしれないな」
「どうしてそう思ったの?」
「リオニーは錫と銀の違いがわかるんだ。ガラスと宝石も、当然見分けられるに違いない」
ご名答である。当時の私はとてつもなく捻くれていて、なんとかアドルフに嫌われようと必死だった。
「俺はリオニーに試されていたのだろうか?」
「だろうね。姉上の性格は、正直に言ってよくない」
自分自身でも、性格については悪いとまでは言わないが、悪くないとはっきり言えないだろう。褒められるような心根の美しさなんて、持ち合わせていないことは確かだ。
「リオル、リオニーは性格がよくないのではなく、酷く思慮深いのだろう。きっと、ガラスの宝飾品をねだって、俺がどういう反応にでるのか見たかったのかもしれない」
それはまあ、間違いではない。アドルフの人を見る目というのは侮れないものだろう。
「彼女の我が儘に付き合うのは、楽しかった。今では、そういう無茶な行動をすることはなくなってしまったのだが」
お望みならば、一日中アドルフを連れ回して、我が儘放題してあげるのだが。
「だったら、姉上と一緒に欲しがる物を選んだらよかったのに」
「それはそうかもしれない。けれども、降誕祭パーティーで危険に晒してしまったので、彼女を連れ回すことに危機感を抱いているのだ」
「そう」
ロンリンギア公爵家から護衛を派遣しようか、という申し出もあったが、丁重にお断りした。
新聞の報道によると、ミュリーヌ王女一行は帰国したというので、もう心配はいらないだろう。
相変わらず、アドルフは婚約者に対して過保護なのだ。
なんて、歩きながら話していると、アドルフが突然立ち止まる。
「リオル、これだ!」
彼は瞳をキラキラと輝かせつつ、私を振り返る。
どうやらとっておきの贈り物を発見したようだ。
リオニー宛てのほうは、事件後の私を心配する内容だ。リオル宛てのほうは、都合があれば一緒にでかけたい、というものだった。なんでも、錬金術に関する本を探したいらしい。
ロンリンギア公爵家にない本などあるのか、と思いつつも、誘いに応じる旨を書いた手紙をアドルフへ送り返す。
一応、リオルでいるときと、リオニーでいるときと、筆跡は分けているつもりだ。
今回のように、同じタイミングで手紙を返すのは初めてである。
どうかバレませんように、と願うばかりだ。
翌日、アドルフから返事があった。今度はリオル宛てのみである。
いつでもいいと手紙に書いたら、明日の午後から行こう、という話になった。
降誕祭パーティー同様に、家まで馬車で迎えに来てくれるらしい。
悠長に構えていたものの、魔法学校以外の私服を持っていないことに気付く。
慌てて、リオルの服を借りに行ったのだった。
こうして迎えた、アドルフとのお出かけ日当日――私は一年前に購入したリオルの服を着て、ロンリンギア公爵家からやってきた馬車に乗りこむ。
今日はチキンも同行させた。久しぶりの外出で嬉しいのか、歌を唄っている。
『ご主人を害する者は等しく滅するちゅり~~』
物騒な歌だったが、聞かなかったことにする。
アドルフは紳士然とした、フロックコートをまとう姿でいた。
一方で私は、フリル付きのブラウスにアスコットタイ、ズボンを合わせ、上からジャケットを着るという、少年感溢れる恰好である。
アドルフと私を見比べると、明らかに幼い恰好であった。
アドルフは体格も顔付きも、すでに青年のようになっている。街を歩いていても、大人の男性に見られるだろう。
悔しいが、男装生活もそろそろ限界が訪れている証拠だろう。あと数ヶ月、バレないままでなんとかやり過ごしたい。
「リオル、いきなり誘ってすまなかったな」
「いいよ、別に。暇だったし」
「宿題や課題は終わったのか?」
「もちろん」
アドルフも当然、提出物はすべて終わっていたらしい。私もそうだろうと見越して誘ってくれたようだ。
「リオニーはどうしている? 元気か?」
「元気いっぱいだよ」
「事件について聞いたか?」
「聞いた」
アドルフは申し訳なさそうな表情でいる。アドルフのせいではない、と伝えておいた。
それから馬車は無言のまま進んでいく。
アドルフは窓を眺めつつ、ポツリと呟いた。
「それにしても、休暇期間が退屈だと思ったのは、生まれて初めてだったな」
なんと彼は、これまで感じていなかった学校生活が楽しい、という感情が芽生えているようだ。
「たぶん、リオルとああだこうだと言いながら、勉強しているからだと思う」
「だから、僕に連絡してくれたんだ」
「まあ、そうだな」
アドルフは私をひとりの友達として、一緒に過ごす時間を楽しんでくれているという。なんとも光栄なことである。
馬車は途中で止まり、ここから先は歩きで行くらしい。
「もしかして、表通りにある魔法書店ではない?」
「ああ、そうだ。路地裏にある古い魔法書を扱う店なんだが」
「へえ、そうなんだ」
中央街の路地裏にそういう店があるのは初耳であった。
ただ、心配なのは価格である。魔法書は古ければ古いほど、高値がつく。
私に与えられた予算で買えるとはとても思えないのだが……。気になる本がないことを祈るばかりであった。
路地に入り、歩くこと十五分ほど。途中で道は行き止まりになった。
高くそびえる壁に、アドルフは何を思ったのか手を添える。
「アドルフ、どうかしたの?」
「ここが店への入り口だ」
「え!?」
そんな会話をしている間に、魔法陣が浮かび上がる。
何もなかった壁に入り口が現れ、覗き込むと地下に繋がる階段が見えた。
階段を下りていった先に、魔法書の古書店があったのだ。
「驚いた。出入り口を魔法で隠しているなんて」
「ここは会員制の店なんだ。普通の人は入店お断りらしい」
アドルフはロンリンギア公爵の紹介を受け、ここに出入りする資格を得たようだ。
なんでもある程度の資産と魔法使いとしての実力がなければ、店に入ることすらできないらしい。
「僕が一緒にきてもよかったの?」
「一名まで、同行者が認められている」
ただし、一名につき一名までしか連れてくることができないようだ。
出入り口にある魔法陣に手を触れ、魔力を登録する仕組みだという。
使い魔は一体まで入場できるようだ。チキンをお店の前に置き去りにせずに済みそうで、ホッとする。
「それはそうと、同行者は僕でよかったの?」
「リオルしかいない」
私は今、名前と性別を偽って、アドルフの隣に立っている。
本来ならば、ふさわしくない相手なのだが……。
今、それを気にしている場合ではない。アドルフの好意に甘え、魔力を登録する。
アドルフが古書店の扉に手をかざすと、自動で開いた。
ギイ、と年季が入った音が鳴り響く。
店内に入ると、想像の斜め上を超えた光景が広がっていて驚いた。
壁一面、本が並べられており、それだけでなく、床や天井にまで本がある。空中をふよふよと泳いでいる本や、床を走る本、犬のようにワンワンと鳴く本など、信じがたい状態の本もあった。
「何、これ?」
「面白いだろう」
店内に人はいない。なんでも欲しい本を手に取り、店を出た瞬間に家に請求書が届くのだという。
「もしも支払わなかったらどうするの?」
「死神みたいな使い魔に襲われるらしい」
「恐ろしい話だ」
それにしても、これだけの数の本があったら、探すほうも大変だ。なんて疑問を口にしたら、アドルフがニッと笑いながら答える。
「いや、欲しい本はすぐに見つかる」
「どうやって?」
アドルフが「五百年以上前に出版された、錬金術関係の魔法書」と口にすると、本棚から次々と本が手元に飛んでくる。ふわふわ浮遊しており、好きな本を手に取って読めるらしい。
「いったいどんな魔法が使われているんだ」
「考えたくもないくらい、複雑な魔法式が展開されているのだろうな」
アドルフが探していた錬金術の魔法書は、自分で作った金属から作る魔道具について。
「リオニーのために金属から手作りして、身に着けられる|お守り(アミュレット)を作りたい」
「それはまた壮大な計画だ」
装備するだけで悪意を跳ね飛ばすような、強力な物を作りたいという。
手に取った魔法書の値段は金貨十二枚。庶民の一年間の年収といったところか。
五百年前の本にしたら、まあ、安いほうだろう。なんでも発行部数が多かったので、そこまで価格は高くないらしい。
アドルフは目的の本が見つかって、嬉しそうだった。
「リオルは欲しい本はないのか?」
「今日のところは思いつかないかも」
そういうことにしておく。欲しい本があっても、きっと買えないだろうから。
アドルフと共に店を出る。行き止まりだった壁を振り返ったら、出入り口はなくなっていた。
「リオル、もう一軒付き合ってほしいのだが」
「いいよ」
アドルフの買い物はこれで終わりではなかったらしい。時間が許す限り、付き合うつもりだ。
その後、貴族御用達の商店街に向かい、装身具や宝飾品などを取り扱う小売店(ブティック)の前で険しい表情でいた。
「ねえアドルフ。ここに何を買いにきたの?」
「リオニーへの贈り物だ」
「なんの贈り物?」
降誕祭の贈り物は婚約指輪やドレス一式をすでに貰っているし、誕生日でもない。贈り物を受け取る理由がまったく思いつかなかった。
「この前、リオニーから手作りのセーターを貰ったんだ。それがとてつもなく素晴らしい品で、お返しがしたいと思った」
降誕祭の日、どぶに沈められたセーターは、ランドリーメイドの手で見事に復活を遂げたようだ。
アドルフからの手紙にもセーターは大丈夫だったと書かれてあったが、本人の口から聞くと改めてよかった、と思う。
「それで、リオルに聞きたいのだが、リオニーはどういった品を好んでいるのだ?」
「姉上の好み?」
「弟だったら知っているだろう?」
ここでピンとくる。アドルフは私にそれを聞き出すために同行を頼んだのだろう。
魔法書を購入するなんて、別にひとりでもできたのに、と不思議だったのだ。
ただ、姉弟だからといって、好みを把握しているだろうか?
私はリオルに贈ったら喜ぶ物なんてわからない。リオルも私が喜ぶ物なんて答えられないだろう。
それに、私自身が喜ぶ品を、ここで本人に伝えるのもどうかと思う。
「いや、家族だからと言って、そんなの知るわけないでしょう」
「そんなものなのか? 姉弟だろう?」
「アドルフはロンリンギア公爵の好みは知っているの?」
「知らない」
家族間でもよほど仲良くない限りは、贈って喜ぶ物なんて知らないのが普通だろう。
「別に、相手が何を喜ぶかっていうのは、考えなくてもいいんじゃない? 大事なのは相手に喜んでもらいたいって言う気持ちというか、なんというか」
「それはそうかもしれないが、俺はリオニーが贈り物を開封して、瞳をキラキラ輝かせる顔が見たい!!」
拳を握り、力説される。それを聞いてしまった時点で、そういう反応ができる自信が砕け散る。
私はきっと、アドルフの期待に応えられないだろう。
「では、いくつか質問する。リオル、リオニーは、ここにあるような巨大ぬいぐるみを贈って喜ぶだろうか?」
アドルフが指差したのは、店頭の椅子に座らせてある等身大の熊のぬいぐるみだ。
正直、これを貰っても……という感情がこみあげる。けれども、選んでくれたアドルフの気持ちは嬉しいから、笑顔で受け取れるだろう。
「いいんじゃない」
「いい? それはリオルの個人的な感想だろうが」
「いや、そうだけれど」
リオニーは私だし、なんて言えるわけがない。
「では、質問を変えよう。リオニーの部屋に、ぬいぐるみのひとつでもあるだろうか?」
幼少期にはいくつか所持していたような気がするが、そのどれもがきれいに洗って養育院に寄贈した。現在、私の部屋にぬいぐるみなんてない。
「姉上の部屋にぬいぐるみ? ないけれど」
「ならば、これを贈っても喜ばない!」
アドルフはバッサリと切り捨てる。
次に立ち止まったのは、宝飾品を取り扱うお店だ。エメラルドの首飾りと耳飾りの|半分の(デミ・)|一揃い(パリュール)がガラスのショーケースの中で展示されている。
「リオル、リオニーはこのエメラルドの宝飾品が似合うドレスを持っているだろうか?」
「知らない。姉上のドレスなんて、いちいち気にしないから」
リオルだったらこう答えるであろう内容を、そのままアドルフに伝える。
「ならば、ドレスも贈ればいいのか?」
「いや、セーター一着のお礼に対して、贅沢過ぎるから! あまり高価な品だと、姉上も気まずくなると思う」
「そうなのか」
ロンリンギア公爵家では、エメラルドの宝飾品をポンポン買える予算をアドルフに振りわけているのか、と思いきやそうではないという。
アドルフが使うお金は、自分で稼いだものらしい。見習いとしてロンリンギア公爵の仕事を手伝っていたという話は聞いていたものの、きちんと報酬を得ていたようだ。
なんでも長年使わずにいたため、相当な額が貯まっているらしい。
「前に、姉上はアドルフからガラスの宝飾品を貰ったと話していた。そういうのでいいのでは?」
「ああ、あれか。数ヶ月前なのだが、すでに懐かしいな」
下町に売られていたガラスの宝飾品を、宝石と同等の値段で売られていたものを買ってもらったという、酷いとしか言いようがない出来事だ。
「今思えば、あれはガラスでできた物だとわかっていて、買うように仕向けたのかもしれないな」
「どうしてそう思ったの?」
「リオニーは錫と銀の違いがわかるんだ。ガラスと宝石も、当然見分けられるに違いない」
ご名答である。当時の私はとてつもなく捻くれていて、なんとかアドルフに嫌われようと必死だった。
「俺はリオニーに試されていたのだろうか?」
「だろうね。姉上の性格は、正直に言ってよくない」
自分自身でも、性格については悪いとまでは言わないが、悪くないとはっきり言えないだろう。褒められるような心根の美しさなんて、持ち合わせていないことは確かだ。
「リオル、リオニーは性格がよくないのではなく、酷く思慮深いのだろう。きっと、ガラスの宝飾品をねだって、俺がどういう反応にでるのか見たかったのかもしれない」
それはまあ、間違いではない。アドルフの人を見る目というのは侮れないものだろう。
「彼女の我が儘に付き合うのは、楽しかった。今では、そういう無茶な行動をすることはなくなってしまったのだが」
お望みならば、一日中アドルフを連れ回して、我が儘放題してあげるのだが。
「だったら、姉上と一緒に欲しがる物を選んだらよかったのに」
「それはそうかもしれない。けれども、降誕祭パーティーで危険に晒してしまったので、彼女を連れ回すことに危機感を抱いているのだ」
「そう」
ロンリンギア公爵家から護衛を派遣しようか、という申し出もあったが、丁重にお断りした。
新聞の報道によると、ミュリーヌ王女一行は帰国したというので、もう心配はいらないだろう。
相変わらず、アドルフは婚約者に対して過保護なのだ。
なんて、歩きながら話していると、アドルフが突然立ち止まる。
「リオル、これだ!」
彼は瞳をキラキラと輝かせつつ、私を振り返る。
どうやらとっておきの贈り物を発見したようだ。