足早に教室を出ると、背後からはミコが懸命に付いてくる足音が聞こえてくる。私は振り向かずに歩調を合わせる。

ミコといると。水を張ったバケツに手持ち花火を突っ込んだみたいに、私の濁った部分がじゅっと消える。

ちっちゃいくせに、私よりも一回りも二回りも大人びているように感じるミコと一緒にいると、自分がちっぽけだってことがはっきりとわかる。

でも、それ以上に、ミコの優しい気持ちが伝染するように私の心も穏やかになるんだ。

お昼休みが始まってすぐの購買は、まるでバーゲンセールのように人が群がる戦いの場所だ。名物のマヨネーズがたくさんかけられた焼きそばパンを狙って飢えた男子共が今日も取り合っている。

何人かの顔見知りに冷ややかな言葉をかけてから、私は(すみ)っこに追いやられた野菜サンドを救出し、お会計のカウンターの隣にあるブラックサンダーを2つ手に取っておばちゃんに渡す。全部で280円。

購買前の廊下でお行儀(ぎょうぎ)良く待っていてくれたミコの元へと帰還(きかん)すると、さっきまで不安そうな表情をしていたのに、飼い主を見つけた犬のようにぱあっと顔を(ほころ)ばせて駆け寄ってきた。きっと尻尾があれば千切れんばかりに振っているに違いない。


「1つくらいだったら、食べても良いでしょ」

「わあ、ありがとう」

さっき買ったブラックサンダーをミコに渡すと、両手で私の手を包み込むように握った。思っているよりも数倍暖かい手の温もりが、私の心を優しく(くすぐ)る。

そんなふんわりとした気持ちは、一瞬にしてかき消される。


「でも、ごめんね。私、やっぱり食べられないんだ」

「あ……ごめん。そんなつもりじゃ……」


やってしまった。

食べないんじゃなくて、食べられないんだ。

不用意に残酷な事実を知った時に感じる絶望感。この感覚は、お母さんの検査結果を知った時に何度も感じたものとそっくりだ。

てっきりミコはダイエットでもしているんだろうと高を括っていた。

ブラックサンダー1つくらいのカロリーなんて、ここに来る時のカロリーで帳消しにできるでしょ、なんて言おうとしてしていたのに。

アレルギーとか拒食症とか、知っている限りの理由が思いついたけど、そんなことを本人に訊く勇気なんて私は持ち合わせていなくて。


「貰って良い?」

「でも……」

「食べられないけど欲しい。だってイチがくれたんだもの」


口篭(くちごも)ってしまった私を励ますつもりなのだとしたらやめて。もし本当にそんなことをされたら、私は間違いなく逃げ出すように教室に戻っていただろう。

けれどミコは、まるで拾った雛鳥を大切に(すく)うように、私から貰ったブラックサンダーを大事そうにポケットに仕舞(しま)った。


「あ、あのさ。私だけが知っている秘密の場所があるんだけど、ミコも来る?」

「ほかに誰かいる?」

「いないよ、秘密の場所だから。たまにお昼休みに涼んでるんだ」

「じゃあ、行く」