早朝にもかかわらず、駅のホームにはベンチに座れないほどの人がいる。

子供がすっぽり入ってしまうほどの大きなキャリーバッグを持ってきている人や、新聞を丸めてズボンのポケットに突っ込んでいる人。ずっとスマホをいじっている人。

あの人達は一体どこに向かうのだろうって思ったけれど、よく考えると私もその中に入っている。

パーカーの袖にすっぽりと手を収めて、ぶるると小さく身震いをする。

駅前のロータリーの隅にある草むらからは、コオロギの鳴き声が(かす)かに聞こえてくる。これから会いに行く誰かさんだったら、真っ先に草むらに駆け寄っていきそうだ。

4時間しか寝ていないのに睡魔が襲ってこないのは、慣れない場所にいる緊張感と、中学の部活の遠征以来に乗る電車へのわくわくの両方だと思う。


「おはよ。早いね」


5時丁度に現れた須藤君は、目を擦りながらこもり声でそう言った。

私が「今来たところ」と言うと、須藤君は少し安心したように微笑(ほほえ)んだ。


「コンビニで水買って来て良い?」

「10分発の電車に間に合うかな」

「すぐ戻ってくる。ちょっと待ってて」


須藤君は私の同意を得る前に駅前のコンビニへ走って行き、言葉通りにすぐに帰ってきた。そんなに慌てなくても別に怒らないのに。


「あれ?須藤君、切符を買わないの?」


真っ先に改札に向かう須藤君を私は慌てて引き止める。


「あ、そっか。陽木さんSuica持ってないんだっけ」


……これ、間に合うかな?

ちょっとむかついたけど、今はそんなことを思っている場合じゃない。


「ごめん、切符買ってくるから待ってて。ええと……何駅だっけ?」

「港駅。上の料金表で赤線の路線を探して辿ってみて、端の方に書いてあるはず」


くっそう。こんなことなら初めからコンビニなんか寄るなよ。

って、また余計な感情を抱いてしまった。とにかく今は、電車の出発に間に合わせることだけを考えないと。