3年前の夏休み明けに、お母さんは亡くなった。
お母さんは私が物心付く前からずっと入退院を繰り返すほど身体が弱かった。
小学5年生の時、お母さんは病気の合併症で2回程危篤状態に陥ったことがある。
その時は奇跡的に一命を取り留めたけど、私はいよいよお母さんがいなくなるかもしれないって、幼いながらに残酷な現実を悟るようになった。
その頃から、次第に私はお母さんを励まそうと、病室で明るく振る舞うようになった。
そんな私の気遣いはお母さんにも伝わっているみたいで、いつも病室から家に帰る前に優しく抱きしめてくれた。
でも、お母さんは私を胸の中に収めながら「お母さんがいなくなっても」って、まるで諦めたかのように囁くから、いつも泣きそうになるのを堪えるのに必死だった。
そしてお母さんは私達に見守られながら旅立った。
私は点滴の針の跡が目立っている方の手を強く握って、しばらく啜り泣いていた。
その時お父さんは唇を噛みながら、黙って私を静かに見つめていた。
お母さんは最後まで懸命に生きようとしていたし、そんなお母さんをお父さんは必死に支え続けていた。だからこそわかっていたんだと思う、もうそろそろだって。
違和感を感じるほどお母さんの葬儀が早く行われたのは、生前お父さんとお母さんが来るべき時に備えて準備していたからだろう。
葬儀に訪れた人達もそれなりに覚悟をしていたのか、まるで一つの行事が進められるように粛々と進んだ。
お父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、おじさんもおばさんも、みんなお母さんが生きている時に亡くなる準備をしていたんだ。
そう思うと、なぜか私だけがお母さんの死を受け入れられていないような気がして、急に虚しくなった。
私は無性に腹が立ってきて、葬儀場を飛び出し、お母さんがいた病院に向かって走った。
息が切れても気持ち悪くなっても走り続けた。
やがて酸欠になって道路脇に倒れるようにしゃがみ込むと、胃がひっくり返ったような吐き気に襲われて、しばらく溝に嘔吐いた。
あ゛あ゛ーもう……!
どうしていっつもあの時のことを思い出してしまうんだろう。黒歴史でしかないのに。
私はベッドに仰向けに寝転がったまま、握り拳を何度も振り下ろす。ふかふかのベッドが反発して、尚腹が立ってきた。
……はぁ。
何やってるんだろう。
辛いはずなのに、お母さんはいつもあったかい笑顔を私に向けてくれた。
いなくなることが怖くて病室で泣いていたら、ずっと抱きしめてくれた。
友達の愚痴を言ったら、優しくしなさいと叱ってくれた。
お母さんは強くて優しくて、完璧な人だった。
そんなお母さんのようになりたいってあの時強く誓ったはず。
なのに、全然上手くいかない。
どんなに友達と馬鹿騒ぎしても、お父さんや先生に褒められても、まるで形が合わないピースを無理やりはめ込もうとしているように、心の隙間が満たされることはなかった。
家に帰るとスイッチが切れるように途端に誰にも会いたくなって何もしたくなくなる。
そうして今みたいにベッドに項垂れる毎日。
『こんなんじゃ駄目だってわかってるのに』
『どうすれば、お母さんのようになれるの』
真っ暗な部屋に、クリック音がコツコツと鳴り響く。
返って来ないのはわかってるのに、でも、心のどこかでひょっとするとって思って、今日もメッセージを送信する。
『お母さん』
『会いたい』
余計に虚しくなるのはわかっているのに、結局最後はいつも同じ言葉。
「お母さん……会いたい」
お母さんは私が物心付く前からずっと入退院を繰り返すほど身体が弱かった。
小学5年生の時、お母さんは病気の合併症で2回程危篤状態に陥ったことがある。
その時は奇跡的に一命を取り留めたけど、私はいよいよお母さんがいなくなるかもしれないって、幼いながらに残酷な現実を悟るようになった。
その頃から、次第に私はお母さんを励まそうと、病室で明るく振る舞うようになった。
そんな私の気遣いはお母さんにも伝わっているみたいで、いつも病室から家に帰る前に優しく抱きしめてくれた。
でも、お母さんは私を胸の中に収めながら「お母さんがいなくなっても」って、まるで諦めたかのように囁くから、いつも泣きそうになるのを堪えるのに必死だった。
そしてお母さんは私達に見守られながら旅立った。
私は点滴の針の跡が目立っている方の手を強く握って、しばらく啜り泣いていた。
その時お父さんは唇を噛みながら、黙って私を静かに見つめていた。
お母さんは最後まで懸命に生きようとしていたし、そんなお母さんをお父さんは必死に支え続けていた。だからこそわかっていたんだと思う、もうそろそろだって。
違和感を感じるほどお母さんの葬儀が早く行われたのは、生前お父さんとお母さんが来るべき時に備えて準備していたからだろう。
葬儀に訪れた人達もそれなりに覚悟をしていたのか、まるで一つの行事が進められるように粛々と進んだ。
お父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、おじさんもおばさんも、みんなお母さんが生きている時に亡くなる準備をしていたんだ。
そう思うと、なぜか私だけがお母さんの死を受け入れられていないような気がして、急に虚しくなった。
私は無性に腹が立ってきて、葬儀場を飛び出し、お母さんがいた病院に向かって走った。
息が切れても気持ち悪くなっても走り続けた。
やがて酸欠になって道路脇に倒れるようにしゃがみ込むと、胃がひっくり返ったような吐き気に襲われて、しばらく溝に嘔吐いた。
あ゛あ゛ーもう……!
どうしていっつもあの時のことを思い出してしまうんだろう。黒歴史でしかないのに。
私はベッドに仰向けに寝転がったまま、握り拳を何度も振り下ろす。ふかふかのベッドが反発して、尚腹が立ってきた。
……はぁ。
何やってるんだろう。
辛いはずなのに、お母さんはいつもあったかい笑顔を私に向けてくれた。
いなくなることが怖くて病室で泣いていたら、ずっと抱きしめてくれた。
友達の愚痴を言ったら、優しくしなさいと叱ってくれた。
お母さんは強くて優しくて、完璧な人だった。
そんなお母さんのようになりたいってあの時強く誓ったはず。
なのに、全然上手くいかない。
どんなに友達と馬鹿騒ぎしても、お父さんや先生に褒められても、まるで形が合わないピースを無理やりはめ込もうとしているように、心の隙間が満たされることはなかった。
家に帰るとスイッチが切れるように途端に誰にも会いたくなって何もしたくなくなる。
そうして今みたいにベッドに項垂れる毎日。
『こんなんじゃ駄目だってわかってるのに』
『どうすれば、お母さんのようになれるの』
真っ暗な部屋に、クリック音がコツコツと鳴り響く。
返って来ないのはわかってるのに、でも、心のどこかでひょっとするとって思って、今日もメッセージを送信する。
『お母さん』
『会いたい』
余計に虚しくなるのはわかっているのに、結局最後はいつも同じ言葉。
「お母さん……会いたい」