「眠い……」


緊張が解けたのか、ミコは目をうつらうつらさせながら私の肩に頭を預けた。


「もう少し横になってなよ。その様子じゃ、お昼からの授業は欠席した方が良いよ」

「うう……でも、次は苦手な現社だ。どうしよう……」

「また後でノート写させたげる。要点も一緒に教えるから、ゆっくり休んでて」

「ありがとう。イチが先生してくれるなら安心。イチ、賢いし……」

「毎日必死になってるだけだよ。本当に賢い人は、ケイみたいに要領の良い人のことを言うんだよ」

「そんなことない。イチは優しくて賢いよ……」


それだけ言い残すと、ミコはタオルケットのような薄手の布団を頭まですっぽりと被って横になってしまった。

背中を丸めて膝を抱えているのが、盛り上がったシルエットではっきりとわかる。ゆっくりとしたリズムで呼吸をするミコの背中を、しばらく眺めて考える。


お母さんの未来が変わると、私の身にも何か起こるかもって心配するのは、随分と自分本位な考えだ。

私のことよりも、まずはお母さんが少しでも長生きできる方法を考える方が良いんじゃないの?

もしお母さんがこの時代に来た理由が、私に会いに来たんじゃなくて、自身の未来を変えるためだとしたら。

そう考える方が、ずっと建設的になれる気がする。

もしミコが周りを気にすることなくご飯を食べられるようになったら、病弱な体質が少しは良くなるんじゃないかな。


起こしてしまわないようにそうっと立ち上がり、日差しを受けて真っ白になったカーテンを開ける。

カーテンレールをスライドする音が耳に届いたのか、ミコは布団の中でモゾモゾと身体を動かした。

ふと、もう会えないんじゃないかって怖くなって、カーテンを閉じる手を一瞬だけ止めた。


教室に着くと、まるで私を待っていたかのように予鈴が鳴った。

ケイはミコの姿が無いことに気が付くと、すぐに私のスマホにメッセージを送った。


ケイ:『あんたのお母さんいないけど。元の時代に帰った?』

イチ:『体調が悪くなったみたいで、保健室で休んでる』

ケイ:『無事?』

イチ:『大丈夫だよ』


ケイも同じタイミングでこっちを見たのだろう。送信してからケイの方に視線を送ると、ぴったりと目が合ったから思わず()らした。

するとケイはこれから授業が始まるにも関わらず教室を出て行ってしまった。

本当はあとを追いかけたかったけど、当然私なんかがそんな勇気を持ち合わせているわけでもなく、溜息を吐きながら教科書を準備した。