お互いに気心を知っている仲だし、ケイの性格を知っているからこそ、(えぐ)られることはなかった。

ケイはお母さんが亡くなったことを不幸としてではなく、事象として捉えてくれた唯一の人間だ。ケイの(いさぎよ)さに、当時の私は救われていた。

お母さんが亡くなった直後、親族のみんなは一人っ子の私を励まそうと必死になっていた。

おまけに中学の友達は腫れ物に触れるかのように、必要以上に言葉を選んでいた。みんなの優しさが受け止められない私は、それが嫌でしばらく学校を休みがちになった。

ある日ケイは私を無理矢理放課後まで居させると、吹奏楽の部室へと引っ張り込んで、気がないくせに1曲演奏しようと言ってきた。

どうにか気力を振り絞って演奏をしたら。ケイは労うこともせず逆に「やる気あんの?」って(あお)ってきやがった。

それから私は張り合うように毎日ケイとセッションを続けて、いつの間にか辞めたいとか休みたいとか消極的な気持ちはどこかに消えていった。


「……せっかくバカっぽくなったから、言って良い?」

「どうぞ。思いっきり嘲笑(あざわら)えば良い?」


ケイは振り向かずにそう言った。

窓の外から迷い込んだ風が、振り向くことをせずに先を歩くケイの髪をいたずらに(なび)かせる。


「お母さんが過去から私に会いに来たんだ」

「ほう、伊智はそっち系か」

「どっち系だよ。ごめん、やっぱ忘れて」

「あの転校生?」


気付かないふりをしてけなしてくれればそれで十分なのに、ケイは要点をちゃんと抑えてくる。


「言い返さないってことは、正解。ん?でも、1文字足りなくね?」


拾い上げたノートの表紙を私に向けて、ケイはそう言った。

ゆっくり丁寧に書かれた特徴的な丸みのある文字。”鈴木美心”と書かれていた。