何気なく始まった、アイドルの大学受験についてのアドバイスの日々。
といっても、私はただいつも通りCDショップの店員バイトをしてるだけ。
ちょこっと大学受験についてのアドバイスや、アイドル活動をしていく上でのちょっとした情報とか、特にあんまりアドバイスもすることがない。
いよいよ、常連として来店してる深田夜夢は、そこら辺にいる一般人を装うこともなく、時には私の学校の女子達に囲まれながら来店してくることもあった。
その女子達は私の存在には気づいてないらしく、CDショップの店員バイトをしてることがバレなかったのが不幸中の幸いだった。
「今日から1週間程猛暑日となるでしょう。」
裏でテレビ見ながら休憩している私。
こんな暑い日にシフト入れるのが間違いだったな。特に夏休み行くとこもないし、課題は後にやる派だし、暇だからシフト入れた私が馬鹿みたいだ。
どうやら店長のおっちゃん八田ちゃんは「暑いから今日無理」のメッセージだけを残し、今日は私1人らしい。
仕事内容も結構簡単なものだし、一時期無人CDショップとして有名だった時もあったもんなので、ここのCDショップ店では、最低でも店員0人から2人いればやっていける店だ。
なので私1人でも大丈夫。
高校入学してすぐにバイトでこの店に来たもんなので、仕事内容はもう全て把握してある。
そろそろ彼が来る時間帯だろうか。
扉の方に目を向けると、カランコロンと音が鳴り、彼が店の中に入ってきた。
「こんにちは。」
「こんちわ。相変わらずドラマの方はどうですか?」
「順調です。」
彼と会話している時だけ、時間が止まったように思える。
これが私の楽しみだった。
「あの、新田さん。」
「はい?」
「あの、良ければ、ここからすぐそこの神社で行われる夏祭り、一緒に…どうですか?」
夏祭り。私が1番嫌いな言葉。
幼少期の頃だろうか。同じ幼稚園の男の子と一緒に夏祭りに行ったことがあった。
お母さん達も結構な仲で、楽しく夏祭りを過ごしていた。夏祭りは結構な人混みで、手を繋いで居ないとすぐ迷子になってしまうくらいだった。幼少期の私からみた大人はとても巨人のように見えて怖かった。お母さんと手を繋いで、花火がよく見える有名スポットに向かっていた時だった。人混みのせいで横からも後ろからも前からも人が来る。私とお母さんは手が離れ、一瞬にしてお母さんを見失った。気づけば人混みに押されるまんまで、自分が今どこにいるのかすらわからない。ただ、人混みに押されて、身動きも取れなくて、怖くて、怖くてたまらない。そのあとはもう、なにも覚えてない。
無事にお母さんと会えた、というのはなんとなくわかる、けど。一緒にいた同じ幼稚園の男の子も、今では誰だったのか全く覚えていない。
けど、あの人混みは、今の私にとっては最大のトラウマだ。押されてばっかで花火に集中出来ないし。屋台はずっと酒臭いし。夏祭り全てが嫌いになった。屋台に並んでいたのに横入りしてきたあのカップルの顔は死ぬほど覚えてる。
人混みに身を任せるばっかで、足元の幼稚園児には興味無い人間の顔。邪魔だ邪魔だと、言われてばっか。家に帰ってからは、もう二度と夏祭りは行かないと決心した。
「…ごめんなさい。バイトの関係で無理かもしれません。」
あえて人混みが嫌いだから、というのを、バイトの関係で無理だから、という理由に勝手に変えてしまって謎の罪悪感がやばい。
けど、行きたくないのは一緒だから大丈夫か。
「そうですか…大変ですね…頑張ってください!夏祭りはメンバーと行ってきますね。お土産、買ってきます。」
「いいんですか。ありがとうございます。」
夏祭りのお土産、というと、射的で当てたものとかかな?
夏祭りが嫌いになってから一度も行ってないので、今どきどんな屋台があるかとかよくわからない。学校の文化祭みたいなもんなのかな。
なんとなくはわかるけど、食べ物とかはどんなものがあるかよくわからないな。
まあいいか。私には関係ない。これから先も夏祭りに行くことはないだろうし。
そういえば、今日から1週間猛暑日になるってニュースで言ってたな。深田さん、めっちゃ汗かいてここまで来てるのかな。
だったら、裏に冷却タオルとかあったよな。持ってきてあげよう。
「ていうか、最近暑いですよねー。裏に冷却タオルとかスプレーとかあるんで持ってきますね。」
「え、いいんですか!?助かります!」
レジ裏の休憩場所に冷蔵庫と冷凍庫が常備してあるので、基本はそこに飲み物とか入れたりするんだけど、店長の八田ちゃんが暑いからという理由で保冷剤などを持ってきてくれて、夏は自由に使っていいぞと言われている。スプレーや冷却タオルは私が持ってきてるけど。せっかくだし、飲み物もプレゼントしよーっと。
「じゃじゃーん。夏に欠かせない熱中症対策グッズでーーす。」
「おお!!では、さっそく…」
レジにたくさん置かれた冷却グッズの中で、保冷剤を手に取り、首元に当てた。
「うわあ…きもちぃ…こりゃぁ夏には欠かせないですね…」
「ですねー。あ、良ければ飲み物もどうぞ。」
「え!いいんですか!?ありがとうございます!!」
「ええ。お構いなく。」
店内はクーラーも扇風機も常備しているため、結構涼しい。外に出たくないくらい。
それに比べるとレジ裏はめちゃくちゃ涼しい。
「暑い中立ちっぱなのも疲れるでしょう。良ければレジ裏でゆっくり話しませんか?」
「え!!是非!!」
私よりもテンション高い深田さん。
アイドルってやっぱり凄い…のか?
そう思いつつも、私はレジ裏に深田さんを案内した。レジに入って少し奥に行けば部屋がある。そこが私達の休憩場所と呼ばれるレジ裏。テレビや充電器も完備してあるため、普通に生活出来るくらいだ。
「うわっ…店の中より涼しい…」
あまりの涼しさに深田さんは、驚いたような顔を見せる。
「あ、ソファあるんでどうぞ。」
レジ裏はほんとに必要最低限の物以上もあるのでいざとなればここで過ごそう。
てかこれ店長の八田ちゃんも言ってたよな。歳離れててもこういうところで意思疎通するのおもしれぇよな。
「そういえば、ずっと気になってたんですけど、髪の毛、伸ばさないんですか?」
「伸ばすと邪魔なんで切ってます。」
小学校の時はロング、中学生の時はセミロングと、歳を重ねるごとに私の髪の毛は短くなっていった。中3でついにショートカットに手を出して、高校でもずっとショートヘア。ショートが1番楽で私に似合う。
けど最近はショートと言うよりも、襟足が伸びてきて、どちらかと言えばウルフという方が正しいだろう。
「あと、どうして若干左目を隠してるんですか?」
「えーと、なんとなくっす。」
彼から見たら左目、私から見たら右目か。
前髪の毛量が多く、なんとなく右に流してたらこうなった、としかいいようがない。
私の外見は、遠目から見たら男子と間違えられることが多い。いや、近くで見ても男子に見えると言われることが多いのだが。
小学校の時は女の子らしくいることが当たり前だと思っていたから、ずっと女の子らしく振る舞ってきた。中学では、そんなのどうでもよくなった。高校では、そんな概念はとっくに捨てた。私らしく生きるって決めた。
「理由が正確ではないの、なんか面白いですね、笑」
「そう??笑。面白いと思うならいいや。小学校の時は女の子らしく生きるって決めてたけど、高校入ってからかな?そんな概念捨てて自分らしく生きることにしたんすよね。」
「凄い。俺そういう人憧れるんですよね。」
憧れる。初めて言われた言葉。
今までは「女の子らしくしろよ」とか「女が男の格好してどうすんの」って言われてばっかだったのに。
自分らしく生きていきたいって中学の進路相談で言った時なんか、「お前には無理だ」とか「社会そんなに甘くねぇ」なんて言われて。希望を失って。行きたかった高校も、せっかく推薦もらったのに、全て無駄にした。仕方なく、地域の高校に入学して。あの先生の顔も死ぬほど覚えてる。進路相談で自分の娘を傷つけられた母の顔も随分と覚えてる。世の中、そんなに甘くないと知った。憧れ。このたった4文字が、私の救いに見えた、ような気がした。
「ありがとうございます。といっても、人生そんなに甘くないですからねぇ。自分らしく生きるっていう価値観をぶち壊してくる大人も当たり前のようにそこら辺に湧いてますから。」
「そういう大人の考えてることってイマイチ理解出来ないですよね…自分らしく生きる人ってかっこいいと思うんだけどなぁ…」
かっこいい、か。あの先生なら絶対そんなこと言わないだろうな。
言うとしても、気味が悪い。
あいつが言ってるの想像出来ないし、想像したくもないわ。
「そうですか。あなたの価値観は素敵ですね。あいつとは違って。」
「?あいつって…?」
「あ、すいません。過去の話です。」
「そうなんですね。話したくないなら無理しなくても大丈夫ですからね。」
やっぱり、過去にどこかで出会ったような気がする。でも、いつ?
いつ彼とどこで出会った?
わからない。けど、この雰囲気、知ってる。思い出せ。こいつとは一体どこでいつ知り合った?
その途端、あの出来事を思い出した。
「あのさぁ、自分らしく生きるとか言ってるけど、今の現代社会そんなに甘くねぇかんな?推薦もらって調子こいてたら痛い目会うぞ?」
「そんな…そんな言い方しなくてもいいじゃないですか!!私の娘に向かってなんてことを…!!」
「知りませんそんなの。社会に出たら全て1人でこなさないといけないんです。いずれか孤独になって存在がなくなるんです。早いうちに孤独になるのは嫌でしょう?」
「っ…菜代。帰りましょう。」
「お母様。まだ終わってないですが?」
「見て分からないの!?菜代せっかく頑張ってここまで来たのに…!!」
やばい、頭がクラクラする。
「菜代さん!?」
体が安定しない。とりあえず、楽にしたい。私はソファに座り込んだ。
横から深田さんの顔が覗き込む。近っ。それにしても顔整ってるなぁ。アイドルだもんなぁ。元の顔でこれなのかな。整形とかしてないのかな。元顔でこれはさすがに強すぎるか。ぱっちり二重で前髪は軽めのシースルーバング。眉毛も整っていて、鼻も高い。え、人間界の神かなにかかな。
「菜代さん!!飲み物!!」
「おう…さんきゅ…」
深田さんから手渡される飲み物を勢いよく飲み干す。軽い熱中症だろうか…?
だとしたらさっきのは一体…?
なぜあの時の記憶が、今…?
思い出したくもない。忘れよう。
「菜代さん…?一体何が…」
「わかんね。てかもうさん付けしなくていいよ。よくよく考えたら違和感やばいし。私も呼び捨てでいい?」
「え、あ、はいっ!それにしても、菜代、さっきの…」
「よくわからん。なんか変な奴と、お母さん、かな。2人が言い争っててさ、しかも多分私のために。」
事情を説明しても、自分でもよくわからない。変な夢でも見たのだろう。今日は少し休もう。
「ちょっと、休むわ。夜には自分家帰るし、先帰ってていいよ。」
「いや、俺、菜代を1人にさせたくない。心配だよ。菜代に何かあったらやばいし。」
「看病してくれんのか?優しいな夜夢。じゃあさぁ、冷凍庫に入ってるアイス取ってくれ。」
「あ、あいす?よくこういう時に食べれるな。」
「アイスって最高だからな。」
「えーっと、めっちゃ入ってるけど、これ?」
「え、正解。よくわかったな。さんきゅ」
ラムネ味の棒アイスをひたすら食べ続ける。どうせ暇なくせに、夜夢はずっと横でスマホをいじってる。暇なら帰ったらいいのに。私なんかに構わなくたっていざとなれば病院に電話すればなんとかなるやろ。多分。
「ほふいえわさ(そういえばさ)」
「アイス食べきってから言ってくんないと何言ってるかわかんないって笑」
「ほへんほへん(ごめんごめん)」
ポイッと棒だけ捨てて話を続けた。
「そういえばー、私ら連絡先交換してなくね?」
「え、いいの?逆に。」
「別にいいけど。てかこっちが聞きたいわ。アイドルと連絡先交換しても大丈夫なの?」
「…事務所には内緒な」
そう言いながらも彼はラインのQRコードを見せてきた。事務所NGらしいけど、ここだけの仲なんだし、事務所もOKしてくれたらいいのになぁ、なんて。世間はそんなに広くないみたいだ。
「ははっ笑。事務所NGのくせに、大丈夫かぁ?まあいいや。さんきゅっ」
QRコードを読み取ると、綺麗な花火の写真のアイコンに夜夢と書かれた画面が出た。
「じゃ、これからよろしく。菜代」
「よろしくな。夜夢」
お互い名前を呼びあってなんだかとても静かになる。これが気まづい、ということなのか。
そう思えば、頭痛も少し治まってきた。
けど、今から仕事再開すると言ったら、彼がどういう行動をとるかわからないもんだし、今日はゆっくり休んでおこう。