その日の放課後。誰もいない文芸部の部室で、その想いに寄り添うように、私は桜人の綴った詩を眺めていた。
悲しい夏ぐれも
切ない夕月夜も
寂しい霜夜も
君がひとりで泣かないように
彼の言葉のひとつひとつが、今でも愛しい。だけど愛しければ愛しいほど、胸が苦しくて、張り裂けそうになる。
恋をしていなかったら、こんなつらい想いはしなくてすんだのに。
弱い弱いと思っていたけど、あの頃の私の方が、よほど強かったと思う。
どうして避けられてる?
いくら考えても、その答えは出てこない。
聞きたくても、桜人は話す機会を与えてくれない。
そして臆病な私は、また怖気づいてしまっている。
恋なんて、しなければよかった……。
「あれ? 川島部長は、今日休みっすか?」
ドアの開く音とともに、そんな声がした。田辺くんの出現に、私は慌てて文集を閉じると、平生を繕う。
「うん、来てないみたい。珍しいよね」
「小瀬川先輩はずっと来てないし、寂しいっすね~」
言いながら、田辺くんは、自分のバッグから本を取り出した。どうやら、図書館で借りてきた本を読むつもりみたい。
「あ、そうだった!」
静まり返ったのも束の間、唐突に田辺くんが声をあげる。
「これ! すごいじゃないですか!」
目の前に新聞を差し出され、面食らう。
「え、なんで新聞?」
「知らないんですかっ!? ここ、見てくださいよ」
田辺くんに示された欄に、視線を馳せる。そして私は、目を見開いた。
「特別賞……?」
そこは、夏に開催された地域のエッセイコンテストの結果の欄だった。
大賞、準大賞、特別賞、それぞれ一名ずつ。名前と作品が、紙面を大幅に使って載っている。そして特別賞のところには、私の名前が、夏に書き上げたあのエッセイとともに掲載されていた。
「嘘……」
送った覚えもないのに、どうしてという疑問は、当然湧いた。だけどそれ以上に、自分の作品が認められたという歓びが、胸に押し寄せる。
自分の胸から湧き出た言葉が、誰かの目に届き、そして共感を得た。誰かの心を震わせた。その事実が、たまらなくうれしかった。
「僕なんか、何度も送ってるけど全然ダメですよ! 一発で特別賞って、才能ありますよ! ていうか乗り気じゃなかったのに、いつ送ったんですか?」
「……送ってない。私じゃない」
「え? じゃあ、誰かが勝手に送ったのかな。部長とか?」
あの人がそんなことするかなあ、と田辺くんは唸っている。
「じゃあ、増村先生かなあ……」
首を捻っている田辺くんの隣で、私は、あるひとつの可能性について考えていた。
――もしかして、桜人が?
新聞を持つ手が、どうしようもなく震えていた。
自分が書いた文章が、人に認めてもらえた。
自分なんて、弱虫で、なんの役にも立たない人間だと思ったけど、必要とされることもある。
その事実は、私の考えを変えた。
文章の力は無限だ。無数にある言葉を、唯一無二の形に連ねることによってできた文章は魂を持つ。
私に、夢なんてなかった。
この先も、母を支え、弟を支えて生きて行かなければいけないのだと、漠然と思っていた。
でも、気づいたんだ。それは言い訳に過ぎないんだと。
自分の生き方を見つけられないでいることを、私は家庭環境のせいにしていた。
光に、母にすがっていたのは私だ。
でも、今は違う。挑戦してみたいことがある。夢なんていう大それたものではないけれど、歩んでみたい道がある。
悲しい夏ぐれも
切ない夕月夜も
寂しい霜夜も
君がひとりで泣かないように
彼の言葉のひとつひとつが、今でも愛しい。だけど愛しければ愛しいほど、胸が苦しくて、張り裂けそうになる。
恋をしていなかったら、こんなつらい想いはしなくてすんだのに。
弱い弱いと思っていたけど、あの頃の私の方が、よほど強かったと思う。
どうして避けられてる?
いくら考えても、その答えは出てこない。
聞きたくても、桜人は話す機会を与えてくれない。
そして臆病な私は、また怖気づいてしまっている。
恋なんて、しなければよかった……。
「あれ? 川島部長は、今日休みっすか?」
ドアの開く音とともに、そんな声がした。田辺くんの出現に、私は慌てて文集を閉じると、平生を繕う。
「うん、来てないみたい。珍しいよね」
「小瀬川先輩はずっと来てないし、寂しいっすね~」
言いながら、田辺くんは、自分のバッグから本を取り出した。どうやら、図書館で借りてきた本を読むつもりみたい。
「あ、そうだった!」
静まり返ったのも束の間、唐突に田辺くんが声をあげる。
「これ! すごいじゃないですか!」
目の前に新聞を差し出され、面食らう。
「え、なんで新聞?」
「知らないんですかっ!? ここ、見てくださいよ」
田辺くんに示された欄に、視線を馳せる。そして私は、目を見開いた。
「特別賞……?」
そこは、夏に開催された地域のエッセイコンテストの結果の欄だった。
大賞、準大賞、特別賞、それぞれ一名ずつ。名前と作品が、紙面を大幅に使って載っている。そして特別賞のところには、私の名前が、夏に書き上げたあのエッセイとともに掲載されていた。
「嘘……」
送った覚えもないのに、どうしてという疑問は、当然湧いた。だけどそれ以上に、自分の作品が認められたという歓びが、胸に押し寄せる。
自分の胸から湧き出た言葉が、誰かの目に届き、そして共感を得た。誰かの心を震わせた。その事実が、たまらなくうれしかった。
「僕なんか、何度も送ってるけど全然ダメですよ! 一発で特別賞って、才能ありますよ! ていうか乗り気じゃなかったのに、いつ送ったんですか?」
「……送ってない。私じゃない」
「え? じゃあ、誰かが勝手に送ったのかな。部長とか?」
あの人がそんなことするかなあ、と田辺くんは唸っている。
「じゃあ、増村先生かなあ……」
首を捻っている田辺くんの隣で、私は、あるひとつの可能性について考えていた。
――もしかして、桜人が?
新聞を持つ手が、どうしようもなく震えていた。
自分が書いた文章が、人に認めてもらえた。
自分なんて、弱虫で、なんの役にも立たない人間だと思ったけど、必要とされることもある。
その事実は、私の考えを変えた。
文章の力は無限だ。無数にある言葉を、唯一無二の形に連ねることによってできた文章は魂を持つ。
私に、夢なんてなかった。
この先も、母を支え、弟を支えて生きて行かなければいけないのだと、漠然と思っていた。
でも、気づいたんだ。それは言い訳に過ぎないんだと。
自分の生き方を見つけられないでいることを、私は家庭環境のせいにしていた。
光に、母にすがっていたのは私だ。
でも、今は違う。挑戦してみたいことがある。夢なんていう大それたものではないけれど、歩んでみたい道がある。