翌週、役割が決まり、その週の放課後から、残れる人だけ残って少しずつ作業に入ることになった。

そして、事件が起こる。

美織と杏が、まったく作業に参加しようとしないのだ。

「あいつら、一回も手伝ったことないんだぜ。部活だとか、忙しいとか言って。俺とか、部活で忙しいやつも、時間見つけてなんとかしてるのに。今日やっと残ったと思ったら、さっそくどこかに消えるし」

ある日の放課後、私と桜人に向かって、斉木くんがそんな愚痴をこぼした。

光が先週退院したから、私はどうにか居残ってる。桜人もバイトで忙しいはずだけど、毎日のように残っていた。バイトの時間を調整して、なんとかやりくりしているみたい。

美織と杏に対するクラスメイトの不平不満は、日に日に高まっていた。

この状況に、どうしても責任を感じてしまう。

私ではない女子が文化祭実行委員だったら、ふたりはこんな態度は取らなかっただろうから。

「実行委員からちゃんと言ってくれよ。水田は、あいつらと仲良かっただろ?」

「……うん」

どうにかしないとは思うけど、ふたりを見ると、いまだにすくみ上る自分がいた。

そんな私の様子を察知してか、「もう少し様子を見よう」と桜人が斉木くんに提案する。

途端に、斉木くんは不服そうに唇を尖らせた。

「待ったところで、あいつらが改心する気配ないけどな」

ちょうどそのとき、スマホを見てはしゃぎいだように声をあげながら、美織と杏が教室に戻ってくる。

手には、カフェオレのパックと、コンビニの袋。どうやら、学校前のコンビニに買いに行ってたみたい。

教室で作業をしている面々には目もくれずに、ふたりは教室の隅にあった椅子にドカッと座った。皆が作業をしてるのに、手伝うどころか、カフェオレの紙パック片手におしゃべりに夢中になっている。

「くっそ、あいつら……!」

ふたりの自分勝手な振る舞いを目の当たりにして、『もう少し様子を見よう』と桜人に言われたことを、斉木くんはすっかり忘れてしまったらしい。我慢がならないといった声で唸ると、ドシドシと大股で美織の前まで歩み寄り、大きな声をあげた。

「お前ら、たまにはちゃんとやれよ。みんなやってるだろ?」

美織が、ストローを口にくわえたまま、反抗的な視線を斉木くんに向ける。

「やる気なんてあるわけないじゃない。別に、お化け屋敷なんてしたくないし」

「はあ? 話し合いで決まったことだろ?」

斉木くんが声を荒げると、美織の向かいにいる杏は若干罰が悪そうな顔をしたけど、美織は動じなかった。 

「皆が皆、ちゃんとしてるわけじゃないでしょ? どうして私たちだけ非難されるわけ?現に、皆を取り仕切る実行委員ですら、小瀬川くんが仕切ってるだけで、もうひとりは何もしてないじゃん」

唐突に自分のことを言われて、胸を打つような衝撃を受けた。

“もうひとり”。そんな他人行儀な呼び方をされたことにも、ショックを受ける。

クラス中が、静まり返っていた。

誰も、何も言い返さない。おそらく、美織の言ったことが紛れもない事実だったからだ。

仕切ってるのは小瀬川くんで、私は彼に言われたことをこなしてるだけ。頑張らないとと思っても、どう人をまとめていいのか分からなくて、結局いつも桜人のサポート的な立場に引き下がっている。

「とにかく、実行委員すらちゃんとしてないのに、ちゃんとやれって言われる筋合いないから」

美織は目の前にいる斉木くんをキッと睨むと、背後にいる私に視線を移した。その目は、私を激しく拒絶していた。

冷たくされても、ここまでの露骨な悪意を、彼女から向けられたことはない。喉が塞がれたような息苦しさを覚え、私は立っているのもやっとだった。

やがて美織は、バッグを手に取り、怒った勢いそのままに教室を出て行く。

「美織、待って!」

その背中に、慌てたように杏が声をかける。バッグを掴んだあとで一瞬だけ私と目を合わせた杏は、気まずそうな目をしてすぐに逸らした。

ふたりがいなくなった教室は、しばしの静寂に包まれた。

皆の意識が、私に向いているのが伝わった。

汗ばんだ掌をぎゅっと握る。

「……気にしないでいいよ、真菜。あんなの、言いがかりだよ」

夏葉が励ますように肩に手を置いてくれたけど、私は曖昧に笑い返すことしかできなかった。

「道具係、そういえば買い出しリスト作った?」

桜人が何事もなかったように動き出し、やがて皆も、我に返ったようにそれぞれの作業に戻っていく。その様子を見ているだけで、また心が乾いたようになった。

桜人は、皆をまとめてる。だけど私は、まとめるどころかチームワークを乱している――。

悶々としていると、斜め後ろから視線を感じた。振り返ると、こちらをじっと見ていた浦部さんと目が合う。浦部さんは勝気な
瞳でしばらく私を見たあと、プイッとそらした。それから、同じ衣装担当の子たちに楽しそうに声をかける。浦部さんのいるチームは、和気あいあいとしてうまくいっている様子だ。

私は、どうしようもない劣等感に苛まれていた。