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「誰もいないの?」

「えっ? いないよ。お母さんは私を産んだ時に蒸発。お父さんは仕事でいろんなところを駆け回ってるの」

「なんか、ごめん」

 軽率な質問を詫びると、玄関で僕の帰りを迎えた希はなぜかニヤニヤと笑みを浮かべた。

「幽霊くんって、いい人だったでしょ」

「そういうのって自分ではわからないもんだし、僕は別にいい人でもなんでもないと思う。前にも言ったけど、僕と一緒にいると後悔するよ」

「今の所はだいじょーぶ! さっ、上がって上がって。幽霊くん、お腹空いてるでしょ?」

 もてなされるがままにアパートの一室にお邪魔する。どうやら父親が帰ってこないのは本当らしく、決して広いとは言えない一室が玄関からでも見てとれた。

「お、お邪魔します」

「はい、ぶーッ!」

 突然、彼女が手を左右に大きく広げ、僕の前に立ちはだかった。ほくそ笑む彼女の意図が分からず、立ち尽くす。

「なに? 突然」

 彼女はさらに口角を上げて、僕の腕を掴んだ。ぐいっと引っ張られる。

「お邪魔しますじゃなくて、ただいまでしょ!」


 香ばしい醤油の焦げた匂いが鼻をくすぐる。一人暮らしには慣れているようで、彼女は僕を迎え入れるなり、すぐさま台所に立った。
 彼女といるとお腹が空くのはどうしてだろうか。いや、人間といるとお腹が空くのかもしれない。なんせ、僕がこの世界に来てから、関わりを深く持った人間は水上希だけだ。
 ぐるりと部屋を見回す。彼女の明るい性格に反して、部屋は案外可愛いもので埋め尽くされていた。中でも特にぬいぐるみが目立つ。たくさんのぬいぐるみがテーブルを挟んだ向かいの壁に寄り添うように並んでいる。テレビやパソコンなどは見当たらない。今時のJKはこんな感じの部屋がデフォルトなのだろうか。
 玄関から入った直線通路にはトイレと風呂に繋がる扉と、その向かいには寝室に繋がる扉。そして、今現在、彼女が料理をつくっている台所がある。
 
「ほれほれ、これから住む家の中を見回しても面白くないでしょ。さっ、できたよ! 食べよ!」

 彼女はサラダを盛り付けたボウル、大皿に入った焼うどん、そしてマグカップを二つテーブルに置いた。
 何か手伝おうと立ち上がろうとすると、彼女がまるでペットに言い聞かせるように「めっ!」と言って拒んだ。

「いっただきまーす!」

「……いただきます」

 まだ湯気の立つ焼うどんを一口、咀嚼(そしゃく)して飲み込み、そしておもむろにもう一口。三口目に突入しようとしたところで、彼女が箸に手をつけずにニコニコと僕を見つめていることに気が付いた。
 視線が交差するが、彼女は何も言わない。まるで、何かを待っているような。もちろん、何を待っているのかなんて、鈍感じゃないんだからとっくに分かっているのだけど。

「美味しい、です」

 彼女は満足したように頷き、箸を手に取った。