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 彼女の家は、驚いたことに僕の住んでいた場所のすぐ近くだった。家の場所を把握してすぐに、僕は彼女に断って一人になった。
 彼女はしきりに「逃げないよねー?」と疑いの眼を向けたが、もちろんそんな野暮な真似はしない。
 
 彼女の家から歩くこと三分。ほとんど変わっていない商店街を通り抜け、目的の場所へと到着する。視界に入った瞬間、思わず泣きそうになった。
 もう二度と見ることはないと思っていた。僕が十七年間を過ごした思い出の場所。なんてことのない一軒家が、とてつもなく大きく見えた。
 でも、さすがに親に会うわけにはいかない。たぶん、会えば未練が残る。それに、親にも色々な心傷をかける。いざ、死ぬ瞬間に未練が残っていたら、さすがに死んでも死にきれなくなる。
 
 家の電気がすべてしっかり消えていることを確認し、自転車の座席裏に貼り付けられた非常用のカギを手に取る。十年前と全く同じだ。この自転車は、僕が登校用に使っていたもので、もしかしたら処分されているかもと思ったが、やっぱりというべきか、綺麗に手入れが施されて残っていた。
 玄関のカギを開け、家の中に入る。十一年ぶりの帰宅。

「ただいま」

 小さく、消え入りそうなほどの声が無意識に口を衝いた。

 二階の僕の部屋は、自転車と同じくそのまま残されていた。手つかずだけど、掃除だけはしっかりとしてくれていたようだ。
 この様子を見るからに、やはり親には会わないほうがいいだろう。会えばきっと、お互いに離れることが出来なくなる。
 本棚にある辞書の中から、札束を取り出した。親に内緒でバイトしていた時のものだ。当時、高校生だった僕が通帳をつくれるはずもなく、仕方なくこうして本の間に隠していたのである。
 確認すると、二十万ちょっとあった。バイトをしていたものの、ほとんど手を付けることなく、病気で入院したのでほぼ満額残っている。
 ポケットに雑にねじ込み、しっかりと元通りに物を直し、僕は家を出た。

 立ち止まり、振り向く。しっかりと目に焼き付ける。もう、二度と来ない。来てはいけない。

「行ってきます!」

 はっきりと大きく別れの言葉が溢れ出した。