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「幽霊くんってさ、ずっとここにいるの?」
「そうだけど?」
「えっ!? じゃあ、私といるとき以外はずっとここにいるの?」
「……そうだけど?」
「うひゃー! 信じらんない」

 僕が十年後に来て、五日が経過していた。日付が変わるごとに浮かぶ数字は、毎日一ずつ減っている。
 たぶん、僕が存在していられるタイムリミットなのだろう。数字がゼロになったとき、どうなるかは、分からない。たぶん、そのまま存在が消えてなくなる――世間的には成仏するか、それとも十年前に戻ってしまうか。個人的には後者は嬉しくはない。また、一か月間苦しまなければいけなくなる。
 そこまで考えて、ふと思いついたことがある。僕は十年前、余命一か月であった。そして、この世界に来てからのタイムリミットも一か月。つまり、身体に異常がないからとはいえ、一か月後に僕はどうやっても死んでしまうのではないだろうか。

 ……別にいいけど。

 五日の内、三日は希と顔を合わせている。いや、今日を合わせると四日間顔を合わせていることになる。
 彼女は物好きなのか、僕の正体が幽霊だと分かってなお、普通にふるまう。そして、今日も立ち入り禁止のはずの屋上に来て、自然と僕の横に足を投げ出して座った。
 彼女が昨日、姿を見せなくて分かったことがある。彼女が来ないと、空腹を感じないのである。人と一緒にいることで空腹を感じるのか、それとも彼女といるからなのか。それは定かではないが、深く考えるだけ無駄だ。なんせこの身体は、訳が分からないことだらけなのだから。

「……君、友達とかいないの? ほぼ毎日来てるけど」

「えっ? いるよ、友達。っていうか、幽霊くんと私ももう友達じゃん」

「そういうもんなの?」

「そういうもんだよ」

 幽霊と友達になるって、幽霊の僕が言うのもなんだけど、絶対におかしい人だ。

「じゃあどうして夏休みだっていうのに毎日学校へ来ているの? 部活とか?」

 僕の問いかけに彼女の表情が一瞬曇ったように感じた。それは気のせいかもしれないし、そうでないかもしれない。

「部活じゃないんだけど、まあ色々あるんだよJKには」

「答えになってない気もするけど、まあそもそもたいして興味ないし、それでいいや」

「お兄さん、その態度は女の子にモテませんよ」

 彼女は膨れっ面でいじけたように髪を弄る。

「それに幽霊くんのことも気になっていたからね。でも、今日から三日間は学校にいないほうがいいよ」

「なんで?」

「野球部が合宿で学校に泊まるらしいからね。夜は屋上でバーベキューをするんだってさ。君、幽霊だけど皆からは見えるからねぇ」

 彼女の話が本当であれば、今日からはどこか、他の人が来ないところで夜を明かさねばいけない。どうせ息が苦しくならないなら、いっそのこと海の中で過ごしてみるのも面白いかもしれない。見つかったら水死自殺と間違えられて、大変な目に合うかもしれないけれど。
 希が覗き込んでくる。最近では、彼女の顔を無遠慮に見つめることができるくらいには、環境の変化に慣れてきた。
 初見の時、直感的に彼女はそれなりに可愛いと思ったが、実際にまじまじ見てみると、やはりかなりの美少女だ。毎日、日差しの強い屋上に数時間いるとは思えない程白く透き通った肌に小柄で若干の幼さが残る顔立ち。清楚とはまた違うけど、たぶん男にも女にも好かれるそんな気配。

「幽霊くん、行く当てあるの?」

「特に無いけど、探せばあるでしょ。最悪、墓地にでもいれば見つかっても、幽霊としての役割は全うできるし」

「幽霊くんって、時々面白いよね。もしかして、狙ってる?」

「そんなわけないじゃん。っていうか、君はいつまで僕にかまうの? せっかく、JK最後の夏休みなんだから、こんなよくわからない幽霊に付き合ってないで、彼氏の一人でも作れば?」

 彼女は少しだけ驚いたように顎を引いた。

「無理、無理ー。私、確かにそこそこモテるけど、なんかみんなピンと来ないんだよね。ハートに響かないってやつ。付き合ったら、付き合ったで、どうせ男の子はすぐにエッチなことばっかり考えるんでしょ!」

「思春期の男子なんて、皆んな似たようなものだと思うけど」

「幽霊くんもそうだったの? あ、もしかして今も?」

 彼女は少しふざけたように両手を交差させ、自分の肩を抱いた。

「生きてたら、そうだったかもね」

 数秒の沈黙。
 彼女がおもむろにぺちっと僕の手をたたいた。二度、三度繰り返す。

「何してんの?」

「うーん、私からしたら、君は生きてるんだよね」

「そうかもね。生きてるのか、死んでるのか、僕でも分からないよ。でも、どうせ八月いっぱいで僕は死ぬよ。今度こそ、絶対に」

「えっ? 幽霊くん、死んじゃうの?」

 僕は暇だったこともあって、今の現状を彼女に話した。なんとなく、彼女であれば、他の人には言いふらさないと思った。というか、僕のことを他の誰にも話していないようだし、大丈夫だろう。
 一通り説明し終わると、彼女はうつむいて沈黙をつくった。もしかしたら、気を悪くさせてしまったのかもしれない。
 突然顔をあげた彼女が僕の手をガシッと握った。

「じゃあ! 思いっきり楽しまなくちゃ!」

「は? いいよ、そういうの。別にやり残したこととかないし」

 嘘をついた。やり残したことがない――わけではない。でも、それを彼女に話すつもりはない。話したら、きっとどうにかして実現させようとする。
 僕はそれを望んでいない。

「じゃあ、私と幽霊くんはひと夏の淡い関係になっちゃうんだね。寂しいなぁ」

「君が僕の前に来なければ、淡い関係にすらならなくて済むよ」

「おいおーい。友達にそういうことを言うもんじゃないぞ」

「僕はこっちに来てから友達をつくった記憶はないよ」

 青空を見上げていたにも関わらず、隣の彼女が口をへの字に曲げるのが分かった。

「カッチーン。今のはちょっとだけ私でも怒っちゃったぞー。よし、決めました。幽霊くん、今日から私の家に泊まりなさい」

「えぇ?」

 僕の返事を待つこともなく、彼女は例のごとく僕を紙のように持ち上げた。

「ちょっと待って。なんで、そこまで僕にかまうの?」

 階段をものすごい勢いで駆け降りる彼女に問うた。彼女は振り向くことなく答える。

「だって、幽霊くんは私と一緒に住んでても、襲ったりはしないでしょ?」

「当たり前じゃん」

「じゃ、そういうこと!」

「どういうことだよ……」

 きっと、本気で拒めば彼女は無理強いはしないだろう。しかし、実際今日の夜を過ごす場所を探すのは面倒だ。それに、彼女との食事は、不覚にも少しだけ楽しいと感じた。気のせいかもしれないくらい、淡く、小さな感情だったけれど。それでも、ささやかな感情の波が僕の背中を押すのである。