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 もしかしたら、学校から出られないのでは?
 そんな心配も杞憂なもので、あっさりと学校を出た僕と希は山を下り、町へと繰り出した。
 十年後の町並みは思ったよりも変わっていなかった。潰れている店は多けれど、新しくできた建物などはあまりないようで、十年という月日をこの町では廃れたと表現するみたいだ。
 海と温泉がまあまあ有名な観光地だが、十八年間育った身としては、特に魅力などない田舎街。いや、街ではなく、町だ。観光地なんてのは名ばかりだと思う。実際、山の中腹から下ってきて、海が見えるまで、大した飲食店など存在せず、結局、十年前にも存在していた古びたファミレスに行くことになった。

 見覚えのある建物が見えて、あることに気が付く。

「あのさ、僕、お金持ってないんだけど」

 僕の前を歩く彼女は、背負った紺色のリュックサックからピンク色の二つ折り財布を取り出して、自慢げに振り向いた。本当に笑顔を絶やさない人だ。

「むふふー。お姉さんに任せたまえ」

「お姉さんって、同い年なんだけど。それに僕が生きていたとすれば二十八歳だよ」

「細かいことは気にしなさんなって。ゆーれいくん」

 僕の小言は彼女に全く通用しないようだ。ネガティブ思考な僕と彼女は正反対。そりが合わないのは最初から分かり切っている。別に彼女のような元気が良くて、困ってる人をためらわずに助けてしまいそうな人は、嫌いではないし、客観的に考えれば、普通に良い人だ。しかし、心まで病に侵されてしまったかのようなネガティブな思考が、無意識に敬遠してしまう。まるで、病気の前の自分を見ているようで、ある種の気持ち悪さすら覚える。
 しかし、今現在頼れる人は彼女しかいない。いつ死んでもいいとは思うが、やはり苦しむのは出来れば避けたい。

 彼女にそそのかされるままにファミレスに入る。

「何にするか決まった?」

「いや、悩んでる。これか、これ」

「おっ、やはり君とは腹の波長が合いそうだ。私もそれとそれで悩んでいたのだよ! ということで、シェアしよ!」

「相変わらず意味の分からないこと言うね」

 彼女は僕の言葉を遮るように呼び出しのベルを押し、注文を済ませてしまう。
 注文した品が届くまでの間、彼女はひたすらにしゃべり続けた。半分聞き流していたがどうやら彼女は僕に気を使って、この十年で起こった出来事などを話していたっぽい。しかし、正直な話、死んだ後に起きた事件など、興味を持てというほうが難しい。
 簡潔に興味がないからもういいよと明言しようと思ったが、それはネガティブではなく、ただのぶっきらぼうな嫌な奴なので、半分はしっかりと聞いて、それなりに相槌を打った。
 やがて、注文していた料理が届いた。パスタとハンバーグセット。なんてことないファミレスの料理だ。それでも、約一年間病院に閉じ込められて、病院食ばかり食べていた僕にとっては、とても魅力的なご馳走に見えた。
 彼女も()()()という行為が好きらしく、一心不乱に料理を口に運ぶ僕と同じ速度で箸を進める。いや、実際は僕よりも早くに皿を綺麗にしてしまった。

 料理を平らげた後、彼女は満足げに一息つく。

「しっかり食べないと、育たないぞ」

「死んでるんだよ、こっちは」

 人の恩を受けながらにして、悪態をつくこのネガティブ思考に我ながらあきれてしまった。