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 太陽は西の地平線へと姿を隠し、空には星が見え始めた。
 普段はひっそりとしている海辺の公園も、今日ばかりは多くの人がひしめき、とても賑やかだ。
 花火が始まる一時間前には公園に到着していた僕と希は、一面芝生の場所に足を投げ出し、座って他愛もないことを話していた。
 例えば、あのカップルは付き合って何ヶ月くらいに見えるかだったり、部活帰りと思われる学生のグループは何部に見えるかなど、本当に中身のない会話をした。でも、そんななんでもない会話でさえ、僕の人生の一部となり、世界を輝かせている。
 本当はもっと話すことがあると思う。それでも、彼女は僕の()()()()()に付き合ってくれた。

「あー、花火まだかなぁ。もう待ってるのに疲れちゃったよ」

 彼女は伸ばした足をぱたぱたとさせて、浴衣をはためかせる。

「あと少しだよ。人も増えて来たし」

 この公園は海沿いの人が多いところに位置するものの、意外と人で溢れることはない。たぶん、地元の人がほとんどで、駅からは遠いため、観光客の人はここまでたどり着く前に歩行者天国になっている道路などで滞留する。
 穴場とまでは行かないが、この公園が花火に一番近く、そして綺麗に見ることができる場所なのだ。

「そういえば、この前、ここに来たよね。制服デートした日」

「あの日は何ともいえない感じで終わっちゃったからね」

「聞き忘れてたけど、彼羽さんにしっかり挨拶して来た?」

「もちろん。今年は花火がちゃんと見れそうだってさ」

 芝生の上に寝そべる。
 蒸し暑い中、時折通り抜ける清涼な風。雲ひとつない満点の星空。手を伸ばせばすぐそこにありそうなほど、一面に宝石が散りばめられた星のカーテンに田舎の特権を感じる。

「そっか、良かった、良かった」

 彼女も同じように隣で寝そべる。
 横を向けば、愛すべき彼女。上を向けば、星空。人生の最期にこんな素晴らしい状況は、まさかあのおじさんも想像できないほどの素晴らしいものだろう。

「星、すごく綺麗だね。こんなにあったんだ。普段、意識して見ないから気づかなかったよ」

「僕はこの一ヶ月は特にたくさん見て来たけど、今日は一段と綺麗でたくさん見えるよ」

「そうだ、いいこと思いついた!」

 彼女は自分のスマホにつけた薄ピンク色のストラップを取り外し、空に掲げて見せた。

「ほら、こうすれば空を漂う海月になるよ! 可愛い!」

 ふわふわと宙を漂う薄ピンクの海月は彼女のいう通り、星空の背景がよく似合っている。
 
「幽霊くんもやって!」

 彼女に言われるがまま、お揃いで買った青い海月を真似して宙に掲げる。
 二匹の海月が一面の星空を漂う。
 ちょうど、二匹の間を流れ星が通り過ぎた。

「時期は違うけど織姫と彦星みたいだね。こっちのピンクの海月が織姫で、そっちの青の海月が彦星」

「希と僕は織姫と彦星よりも残酷だけどね」

「そんなことないよ」

 彼女は薄ピンクの海月をゆらゆらと漂わせて、青の海月に寄り添わせた。

「私と幽霊くんはずっと一緒だよ。これまでも、そしてこれからもずっと――」

 それがどういう意味なのか分からなかった。でも、なぜか彼女の言う通りな気がした。僕と希はずっと一緒なんだ。
 彼女の手を握る。優しく力を込めると、力強く握り返されたから、僕も強く握った。
 横を向くと、彼女もこちらを向いていた。
 寝そべって乱れた彼女の前髪を直してあげる。少しくすぐったそうにする彼女。

「希……好きだよ」

「うん、私も好き……大好きだよ、幽霊くん」

 涙が溢れそうになったけど、ぐっと堪えて笑った。この一ヶ月で随分と涙腺が緩くなったようだ。
 彼女が僕の頬をつねる。

「もー言ってくれないと思ったよ。幽霊くんのヘタレ!」

 負けじと僕も彼女の頬を優しく引っ張る。

「タイミングが大事なんだよ」

「都合の良いこと言ってますねー」

 二人で笑いあった。
 本当は伝えるべきか迷った。それでも、溢れ出した想いを止めることはできなかった。ちゃんと言葉で伝えて、希に僕の気持ちを知って欲しかった。
 刹那、胸いっぱいに爆音が響いた。夜空を見上げると、ちょうど最初に咲いた大輪が無数の火花となってパラパラと消え去る。
 間髪入れずに、大小様々な花火が星空のキャンパスに咲き乱れ、煌めいては雫となって散っていく。
 腹にまで響く炸裂音と風に乗って香る焦げた空気。真上で広がるその光景は、手を伸ばせば届きそうで、枝垂れた火花が、今にも降り注いで来そうだ。

 視界の端から端まで埋めつくさんばかりに咲き誇る光の群に目が離せなかった。
 自然と涙が溢れ落ちる。感動という言葉では表現したりない想いで胸がいっぱいだった。
 彼女は僕の方をちらっと見たようだが、すぐに笑みを浮かべて夜空に向き直った。
 走馬灯のように色々な思い出がフラッシュバックして脳裏を駆け巡る。

「あぁ、そっか。僕、花火が見たかったんだ……」

 僕が未来で蘇った理由が分かった気がした。そして、同時にこの後のことも察した。
 残された時間は短い。それでも、しばらく僕は、夜空に咲く大輪から目が離せなかった。
 ぎゅっと、彼女が握る手に力を入れる。
 僕は何も言わずに握り返した。