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 東京旅行は早いことに二日で終了した。予定ではあと一日は滞在するつもりだったのだが、希の父親が急な仕事で既に家を出ているらしく、このまま東京にいる理由もなくなったために帰ってきた次第だ。
 東京での鮮烈な記憶は死ぬまで忘れないだろう。あの夜のことがフラッシュバックする。
 今まで、僕が消えることに対して、仕方ないと理解を持っていた彼女から溢れた弱音。
 嬉しすぎて、悲しすぎて、東京にいると常に考えてしまった。
 この一ヶ月、彼女と過ごした日々は、灰色だった僕の世界に鮮やかな色彩を塗り、人としての感情を思い出させてくれた。
 でも、彼女の重荷になることを僕は望んでいない。未来ある彼女には、八月が過ぎたらすぐに忘れてもらいたかった。前だけ見て歩いて欲しかった。
 名前を積極的に調べなかったのは、名前を伝えてしまえば、どうやっても忘れることは難しくなる。だから、『幽霊くん』という彼女なりの愛称で良しとしていた。
 しかし、名前という問題は、一緒に生活するうちにちっぽけなものとなった。

 彼女の今後の足枷になりたくない――そう思う反面、心の中で忘れて欲しくない、僕だけを見て欲しい、もっと色んな君を見せて欲しいという気持ちが大きくなってしまっている。
 残された三日で、僕は彼女とどうやって接するべきなんだろう。
 葛藤する僕のことも平等に照らす太陽に迎えられ、僕と彼女は始まりの駅に帰ってきた。喧騒に塗れていた東京とは違い、老人と観光客がまばらに見られ、どこか安心感を覚える。

「んー! 帰ってきたー! たったの二日だったけど、この空気がすごい久しぶりに感じちゃうね」

 大きく伸びをする彼女は僕に嫣然とした笑みを向ける。

「空気が美味しいね。じゃ、帰ろう」

 彼女は吃驚したように口をすぼめた。

「どうしたの?」

「いやね、帰ろうって。ちゃんと、あの部屋が幽霊くんの居場所になれてて、嬉しいなって」

「僕の帰る場所はあの部屋以外ないよ。ほら、早く帰るよ」

「……うん!」

 駆け足で寄ってくる彼女は隣に追いつくと、僕の手を握った。
 ドキッとしたが、彼女は子供のように握った手を大きく振り回す。きっと、そういう気分なのだろう。

「君も変わったよ」

「えっ?」

「素直な感情、僕にたくさん見せてくれるようになったよね」

「何を言いますか。私はいつでも自分を取り繕いません。嘘じゃないよ?」

 空気を読む達人だったのに、何を言っているんだろうか。でも、無意識に感情をさらけ出してくれるようになったのだとしたら、それはすごく嬉しいことだ。

「そうだね。いつも、君は素直だね」

「むっ。バカにされた気がするけど、まあいいや。ほら、早く帰ろーよ! 今日の晩御飯は何にしようかなー!」

「……焼うどんかな」

「おっ、ちょうど私もそう思った。じゃ、材料買って帰ろうね!」

 彼女とどう接するべきかなんて、考える必要もなかったかもしれない。
 これでいいんだ。

 僕と彼女の関係は――。