*
「そんなんじゃ、早くに死んじゃうよ?」
彼羽は僕の部屋で唯一の椅子に座り、休日の暇を潰していた。当の僕は、これまた部屋で唯一のベッドにうつ伏せで倒れるように寝転がっている。
あと五分もこの体勢で死体のように横になっていれば、きっと抗いきれない睡魔によって夢の国に誘われるのだろう。
「本当、寝るの好きだよね。夏休みに入ってから、ちょっと不健康すぎじゃないですかお兄さん?」
彼羽は机に肘を付き、退屈そうに回転する椅子を左右に揺さぶる。
「そういうお姉さんこそ、毎日僕の家に来るなんて相当暇に見えますね」
枕に顔を押し付け、若干の喋りにくさを感じながらも受け答える。
「だって、夏休みってやることないんだもん。田舎すぎて遊ぶ場所もないし、家に居ても誰も居ないからつまんないし」
「僕の家だってやることないよ」
「構えっつってんだよー!」
ガラーっと飛んでくる椅子と彼女を視界の端で捉える。どうやら、彼女は本当にどうしようもなく、それこそ今にも寝てしまいそうな男に構ってもらいたいほどに暇なようだ。
仕方なく、重い身体を半ば無理やり起こす。眠い頭を振り、少しだけ意識を覚醒させる。
彼女は椅子に深く腰をかけ、腕を組んで満足そうな面持ちだ。
「さて寝坊助くん、何する? ゲーム? 人生ゲーム? オセロ?」
「全部ゲームじゃん」
「他の案は?」
「……トランプ?」
「ゲームじゃん。まあいいや」
彼羽は机の三段目の引き出しを開け、奥底に眠るトランプをさも当たり前のように取り出した。この部屋は彼女のテリトリーだ。何かを隠そうとしても、彼女にはすぐ見つかってしまう。
なんてことない会話を繰り広げ、怠惰な時間が過ぎ行くのを眠い頭が感じ取る。
彼羽が僕の手の中に眠る数枚のカードをじっくりと選り好みする。
「うーん、これ! って、ジョーカーじゃん。騙された」
「騙してないし、彼羽が勝手に取ったんじゃん」
「それを言っちゃ、おしまいよ」
別に楽しいってわけではない。しかし、この独特な雰囲気。嫌いじゃない。むしろ、好きだ。大好きだ。
だからこの時、僕は胸に覚えるかすかな息が詰まる感覚に気づけなかった。
「ねえ、今度のお祭り、行くでしょ?」
「うーん、別に誰と約束しているわけじゃないから、僕が一人で行くとは思えないけど」
彼羽がチラッと僕を見る。僕はそれに合わせて視線をカードに下げる。
「じゃあ、私が一緒に行ってあげる」
無表情を装う。感情を外に出してはいけない。少なくとも、今の関係を続けたいのであれば。静かに心の中でガッツポーズだけしておいた。
「そりゃ、どーも。おめかししてきてください」
「浴衣、めんどくさいんだよね。動きづらいし」
「動きづらいくらいにしてくれないと僕が彼羽を見失うから、それでいいんだよ」
「じゃあ、着ていく……」
僕は彼羽が提示する裏面のトランプをぼーっと見つめ、適当に一枚抜き取る。対になったカードの組みを二人の間にある山に投げ捨てる。
「ところで、山浦がその祭りで田中さんに告白するんだってさ」
「ふーん。あの二人、最近仲良いもんね。この前、一緒に帰ってるの見たし」
「……うん」
僕は意気地なしだ。回りくどく、遠回しにそういう雰囲気にしようと行動している。しかし、そういう雰囲気にしたところで、僕が最終的に彼女に対して何かアプローチを行うのか、と言われれば、特に何もしないのだ。
彼女もまた、僕の意図に気が付いているだろう。というか、露骨に話題を振りすぎてバレバレだ。それでも、彼女もやっぱり何か進展しそうなことは言わない。
図々しくも臆病な僕と彼羽は、夏休みに入ってから同じようなやり取りの日々を繰り返した。正直な話、そこらへんのカップルよりも断然距離的には近いと思う。ただ、互いに核心付いた発言はしない。
別に言わなくても、今のままで十分満足しているからだ。言わないことに何の後悔も無い。少なくとも、今の時点では……。
「なんか、二年になってからみんな付き合いだしたよね。特に夏休み前の告白ラッシュ。あれって、何とか夏をエンジョイしようとして、とりあえず恋人作りましたっていう風に見えるのは私だけかな?」
「大丈夫。僕も同意見」
「ですよねー。あー、私も彼氏欲しいなぁ」
「なら、この前の告白を受ければよかったじゃん」
「あれは、ない」
特に抑揚のない言葉に謎の辛辣さを感じる。告白した人が少しだけ哀れになった。それと同時に若干の優越感が湧いてくる。
彼羽が僕からカードを一枚奪い、先ほどの僕と同じく二枚のカードを中央の山に捨てた。僕の手札は一枚。彼女は二枚。
「ところで、ヨッくんは彼女つくらないの?」
繰り返しだ。押して、引いてを何度も行う。僕が押せば、彼女が引き、彼女が押せば、僕が引く。
つまり、今回は僕が引く番なのである。
「つくらないよ。別に好きな人がいるわけじゃないし」
「そっか。どうでもいいけど、私の残りの手札教えてあげようか?」
「もう二枚しかないんだから、7のカードかジョーカーだろ?」
「ハートの7とジョーカーね」
彼羽の二枚の手札から、迷うことなく右のカードを引き抜く。
彼女はニヤッと笑って、僕に言った。
「残念、ジョーカーでした」
「そんなんじゃ、早くに死んじゃうよ?」
彼羽は僕の部屋で唯一の椅子に座り、休日の暇を潰していた。当の僕は、これまた部屋で唯一のベッドにうつ伏せで倒れるように寝転がっている。
あと五分もこの体勢で死体のように横になっていれば、きっと抗いきれない睡魔によって夢の国に誘われるのだろう。
「本当、寝るの好きだよね。夏休みに入ってから、ちょっと不健康すぎじゃないですかお兄さん?」
彼羽は机に肘を付き、退屈そうに回転する椅子を左右に揺さぶる。
「そういうお姉さんこそ、毎日僕の家に来るなんて相当暇に見えますね」
枕に顔を押し付け、若干の喋りにくさを感じながらも受け答える。
「だって、夏休みってやることないんだもん。田舎すぎて遊ぶ場所もないし、家に居ても誰も居ないからつまんないし」
「僕の家だってやることないよ」
「構えっつってんだよー!」
ガラーっと飛んでくる椅子と彼女を視界の端で捉える。どうやら、彼女は本当にどうしようもなく、それこそ今にも寝てしまいそうな男に構ってもらいたいほどに暇なようだ。
仕方なく、重い身体を半ば無理やり起こす。眠い頭を振り、少しだけ意識を覚醒させる。
彼女は椅子に深く腰をかけ、腕を組んで満足そうな面持ちだ。
「さて寝坊助くん、何する? ゲーム? 人生ゲーム? オセロ?」
「全部ゲームじゃん」
「他の案は?」
「……トランプ?」
「ゲームじゃん。まあいいや」
彼羽は机の三段目の引き出しを開け、奥底に眠るトランプをさも当たり前のように取り出した。この部屋は彼女のテリトリーだ。何かを隠そうとしても、彼女にはすぐ見つかってしまう。
なんてことない会話を繰り広げ、怠惰な時間が過ぎ行くのを眠い頭が感じ取る。
彼羽が僕の手の中に眠る数枚のカードをじっくりと選り好みする。
「うーん、これ! って、ジョーカーじゃん。騙された」
「騙してないし、彼羽が勝手に取ったんじゃん」
「それを言っちゃ、おしまいよ」
別に楽しいってわけではない。しかし、この独特な雰囲気。嫌いじゃない。むしろ、好きだ。大好きだ。
だからこの時、僕は胸に覚えるかすかな息が詰まる感覚に気づけなかった。
「ねえ、今度のお祭り、行くでしょ?」
「うーん、別に誰と約束しているわけじゃないから、僕が一人で行くとは思えないけど」
彼羽がチラッと僕を見る。僕はそれに合わせて視線をカードに下げる。
「じゃあ、私が一緒に行ってあげる」
無表情を装う。感情を外に出してはいけない。少なくとも、今の関係を続けたいのであれば。静かに心の中でガッツポーズだけしておいた。
「そりゃ、どーも。おめかししてきてください」
「浴衣、めんどくさいんだよね。動きづらいし」
「動きづらいくらいにしてくれないと僕が彼羽を見失うから、それでいいんだよ」
「じゃあ、着ていく……」
僕は彼羽が提示する裏面のトランプをぼーっと見つめ、適当に一枚抜き取る。対になったカードの組みを二人の間にある山に投げ捨てる。
「ところで、山浦がその祭りで田中さんに告白するんだってさ」
「ふーん。あの二人、最近仲良いもんね。この前、一緒に帰ってるの見たし」
「……うん」
僕は意気地なしだ。回りくどく、遠回しにそういう雰囲気にしようと行動している。しかし、そういう雰囲気にしたところで、僕が最終的に彼女に対して何かアプローチを行うのか、と言われれば、特に何もしないのだ。
彼女もまた、僕の意図に気が付いているだろう。というか、露骨に話題を振りすぎてバレバレだ。それでも、彼女もやっぱり何か進展しそうなことは言わない。
図々しくも臆病な僕と彼羽は、夏休みに入ってから同じようなやり取りの日々を繰り返した。正直な話、そこらへんのカップルよりも断然距離的には近いと思う。ただ、互いに核心付いた発言はしない。
別に言わなくても、今のままで十分満足しているからだ。言わないことに何の後悔も無い。少なくとも、今の時点では……。
「なんか、二年になってからみんな付き合いだしたよね。特に夏休み前の告白ラッシュ。あれって、何とか夏をエンジョイしようとして、とりあえず恋人作りましたっていう風に見えるのは私だけかな?」
「大丈夫。僕も同意見」
「ですよねー。あー、私も彼氏欲しいなぁ」
「なら、この前の告白を受ければよかったじゃん」
「あれは、ない」
特に抑揚のない言葉に謎の辛辣さを感じる。告白した人が少しだけ哀れになった。それと同時に若干の優越感が湧いてくる。
彼羽が僕からカードを一枚奪い、先ほどの僕と同じく二枚のカードを中央の山に捨てた。僕の手札は一枚。彼女は二枚。
「ところで、ヨッくんは彼女つくらないの?」
繰り返しだ。押して、引いてを何度も行う。僕が押せば、彼女が引き、彼女が押せば、僕が引く。
つまり、今回は僕が引く番なのである。
「つくらないよ。別に好きな人がいるわけじゃないし」
「そっか。どうでもいいけど、私の残りの手札教えてあげようか?」
「もう二枚しかないんだから、7のカードかジョーカーだろ?」
「ハートの7とジョーカーね」
彼羽の二枚の手札から、迷うことなく右のカードを引き抜く。
彼女はニヤッと笑って、僕に言った。
「残念、ジョーカーでした」