実験を重ねた甲斐があった。放課後の屋上で、僕は台風を発生させてみせた。全方位から不規則に強風が僕を殴りつつ、弾丸と成り果てた大粒の水滴が全身に降りかかる。豪雨のせいでメガネ越しに映る世界を認識できない。それでも、滑り落ちそうになるメガネを片手の中指で押し上げながら、軽く口角を引きつらせた。
 周囲はすっかり暗闇に包まれており、停電が発生しているのか、住宅街からは一つの光すら感じられない。近隣住民に不便をかけているといった後ろめたい気持ちをよそに、30分以上先の約束の時間を気にかける。そして、事前に考えておいた、君に伝える言葉を何度も口ずさんでいた時、突風に揉まれながら屋上出入り口のドアが開き、君が待ち合わせ時刻よりも早く現れた。
 その瞬間、経験したことのないときめく緊張感と想定外の事態が僕を襲い、心拍数の急上昇と呼応して台風が暴走し始めた。それでも僕は僕の作戦を遂行しなければならない。
 からかわれたくない、誰にも見られたくない、そして、二人きりになりたかったのである。故に台風を片手に宿し、君以外の人間を遠くに追いやったのだ。恋を知らない僕が思いつく作戦は、これしかなかった。そんな「精一杯」を送る。

 だから、今日こそ、台風を片手に君の名前を叫ぶんだ。雷鳴よりも、暴風雨にも勝る声で。

「ーー、ーーー。」

 緊張がピークに達した瞬間、僕らは上空に投げ出された。暴風雨に飲み込まれた君の手をとっさに掴んだら、恥じらいを交えた視線を向けつつ、僕の手を優しく握り返してくれた。
 熱と輝きを含んだ幾千もの雨粒が舞い上がり、暗く猛々しい雲から陽光が垣間見える中、僕らは強く抱き合った。初めての感情のせいで、語りかけるべき言葉が見つからない。そんな中、緊張の余韻を残した鼓動音が君に伝わりはしないかとも思ったが、夕暮れ時の天空に舞い上がる爽やかな風の音が誤魔化してくれた。


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