「頼み、ですか」

「ああ、ぜひお願いしたい。私は『白狼の牙』というパーティで、リーダーをしているルードだ」

 ルードという男は少し息を切らしながら、そんなことを口にした。俺が差し出された手を握ると、ルードは微笑を浮かべて俺の手を握り返してきた。

「今、大規模なクエストに臨んでいるのだが、少し調子の悪いパーティがいてね。できれば、そのパーティの代わりに一緒にクエストを攻略して欲しいんだ」

 クエストの詳細を聞くと、この近くで魔物の巣が見つかったらしい。その巣からの分隊がこの洞窟に住み着いていて、その魔物の大軍を殲滅させるのが今回のクエストとのことだった。

「そこまで凶暴な魔物がいるという訳ではないんだ。ただ量が多くてね、できれば手伝って欲しい」

 洞窟の中にいる魔物。上手くいけば、武器に必要な素材が手に入るかもしれない。

そんな思いと、冒険者のよしみということもあって、俺はその提案に乗ることにした。

 ちらりとリリの方に視線を向けてみると、リリも反対という訳ではなさそうだった。

「分かりました。力になれるか分かりませんけど、俺達でよければ」

「随分と謙虚なんだな。ハイウルフを一瞬で倒せるんだ、十分すぎる力だよ」

 俺達が倒したハイウルフ達を眺めながら、ルードは少しの笑みと共にそんなことを口にしていた。

 こうして、俺たちは『白狼の牙』と共に、クエストに参戦することになったのだった。



「おう、ルード。戻ってきたか」

「お疲れ様です。後はこの先にある魔物の集団を叩けば、もう終わりです」

「二人ともすまない。本当に助かったよ」

 ルードに連れられて洞窟の奥に進んでいくと、そこにはすでに複数のパーティがいた。そのうち二人が、ルードに軽く手を振りながら近づいてきた。

「ん? ルード、その二人は誰だ?」

当然、急に知らない奴らがいたらそんな反応にもなるだろう。

ルードに近づいてきていた二人の目は、俺達の方に向けられた。

「ああ。さっき洞窟の外に逃げたハイウルフ達を倒してくれた冒険者だ。少し戦力を補強した方がよさそうだったから、連れてきたんだよ」

「あー、確かに。一組があれじゃあな」

 くすんだ髪色をしている男がそんなことを言いながら、ちらりと意味ありげな視線をどこかに向けていた。

 その視線に釣られるように、視線をその男と同じ方向に向けようとしたときーー

「あ、アイク?!」

「え?」

 聞き覚えのある声がして、その方向に視線を向けると、そこにはギース達がいた。

 俺のことをおふざけ枠だと言って、俺のことをパーティから追放した張本人であるギース。

さらに、俺が抜けたときにいたパーティメンバーが勢ぞろいしていた。

「なんでアイクが?」

 エルドは俺の姿を見ると、分かりやすく顔を歪めていた。他のメンバーも同じようで、俺に蔑むような目を向けているようだった。

「なんだ、知り合いなのか」

「なんで、何もできないお前が、こんな所にいるんだよ!!」

 しかし、その中で一人だけ苛立ちをぶつける勢いで、俺を睨んでいる人物がいた。

 ギースは俺がこの場にいること自体が気に入らないのか、大股で俺の前までくると、俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。

 俺がその手を払おうかと思ったとき、俺が行動に移すよりも早く、ルードがギースの手を払った。

「やめてもらおうか。彼らはハイウルフを一瞬で倒せるほどの実力があるパーティだ。怒りに任せて侮辱するのは失礼だろ?」

 ギースを軽蔑するような声のトーン。俺達が来るまでの間に何があったのか分からないが、その声には少し怒りの色が見えた気がした。

 そして、そんな扱いを受けたギースが穏やかでいれるはずがなく、ギースは怒りの矛先を変えたように声を荒らげていた。

「はぁ?! 馬鹿か! こいつは何もできない落ちこぼれだぞ!」

「落ちこぼれ? 君は何を言っているんだ?」

 ギースの言っている言葉の意味が分からない。そんな困惑するような表情をルードに向けられて、ギースは自分の言っていることが伝わらない歯がゆさに、歯ぎしりをさせていた。

 そんなとき、洞窟の奥から俺達のことに気づいたのか、一体のオーガが様子を見るようにして現れた。

 それを見つけたギースは俺の方に勢いよく顔を向けると、俺に嘲笑うような表情を向けて言葉を続けた。

「おら、アイク! お前に実力があるって言うなら、今ここでオークを倒してみろよ!」

 ちらりとこちらに向かってくるオークを確認すると、俺よりも一回り以上大きな体をしていた。太い大木から作ったようなハンマーを片手に、こちらに突っ込んで来ている。

「分かった。オークくらいなら、俺一人で倒せるよ」

「はっ!! 聞いたかよ、アイクがオークを一人で倒すってーー」

 ギースが俺を馬鹿にするような言葉を後ろに置き去りながら、俺は【道化師】、【剣技】、【肉体強化】のスキルをすべて使って、地面を強く蹴った。

 正直、ここまでスキルを使わなくてもオーガなら倒すことができただろう。

 俺のことをおふざけ枠だと言っていたギース達に、俺の今の力を見せつけたかったのかもしれない。

 その証拠に、いつもよりも強く短剣を握りしめていた気がした。

 軽くなった体で筋力を増強させたせいか、俺はオーク自身も気づかないほど速く、オークの足元にたどり着いた。

そして、その勢いのまま短剣を引き抜いて、肩口に向かって短剣を切りつけた。

「オォォ!」

 オークは突然切りつけられたことに対する、驚きと痛みの混じった声を漏らしながら、その場に倒れた。

 肩から腰に掛けて深くて大きな刀傷を残して、そのままオークは動かなくなった。

「……は?」

 短剣についた赤い液体を振り払って、ギース達がいた方に振り返ってみると、そこにはあほ面をしているギースの顔があった。

 おふざけ枠と言うにはちょうど良い顔をしている。そんなこと思って、俺は少しだけ大人げなく口元を緩めていた。