瑠璃帝が階段を上った先には、桃の花咲く里が広がっていた。
 青い水の流れる川面で小鳥が遊び、木漏れ日のこぼれる森で小鹿が跳ねる。気候は暑くも寒くもなく、薫る風がそよいでいた。
「ここは……天人の里か?」
 普段めったなことで表情を変えない瑠璃帝でも、思わず頬をほころばせた。そこはおとぎ話の世界のようにのどかな時間が流れていた。
 瑠璃帝にはゆっくりと散策したい気持ちもあったが、ここには平凡妃を探しにやって来た。瑠璃帝は気を引き締めて歩みを再開する。
 先ほどまで夜だったはずだが、そこは真昼のようにうららかな日差しで満ちていた。
 ふいに川で歌いながら果物を洗っている童女をみつけて、瑠璃帝は声をかける。
「そなた、訊きたいことがあるのだが」
「うん?」
 きょとんとして顔を上げた童女の顔を見て、瑠璃帝は少し変な顔をした。
 童女は平凡妃に似ていた。いや、と瑠璃帝は自分に言い聞かせるつもりで言葉を続ける。
「何でもない。その、私は人を探しに来た。最近この里に来た女人はいないか?」
 童女は果物をしゃくしゃくと食べながら首を傾げる。
「どんな人?」
「そうだな、小柄で、猫のような笑い方をする……」
 そなたに似ている女人だ。もう少しでそう言いそうになったが、果たしてそれは特徴と言えるのか微妙だった。
「お兄さん、下界から来た人?」
 ふいにそう問われて顔を上げると、森の方から薪木を背負った男がやって来た。
 男の顔を見て、瑠璃帝はまたもや少し変な顔をする。
「珍しい顔だね」
 瑠璃帝のことをそう言った男は、やっぱり平凡妃に似ていた。
 自分はここのところ朝も夜も平凡妃のことを考えていた。だから目に映るものすべてが平凡妃の顔になっているのかもしれぬと、瑠璃帝は自分がわからなくなる。
「……いや、そなたたちが似ているだけで、人にはいろんな顔があるのだ」
 ただ一応自己主張はしておくことにして、瑠璃帝はそう男に答えた。
 男はふむふむと、やはり平凡妃に似た笑い方をして言う。
「そうかもしれんなぁ。俺たちは似ていると安心するんで、似た顔をしているだけなんだ」
 瑠璃帝が驚いて息を呑むと、男は安心させるように言葉を続ける。
「おっと、変なことは何もない。俺たちはただの平凡な天人だよ」
「……ただの平凡な天人」
 瑠璃帝はその言葉を復唱して、果たしてそれは平凡だろうかと首をひねった。
 面白そうに二人の会話を聞いていた童女は、果物をごくんと飲みこんで立ち上がる。
「ゆっくりしていってね!」
 彼女はそう告げて、風のように森の方に消えていった。
 男は薪木を背負い直すと、瑠璃帝にひらりと手を振る。
「では、ごゆっくり」
 男もまた瑠璃帝にそう言うと、川下の方へとのんびりと歩いて行った。