綾野潤(あやのじゅん)。それは歴史に残る男の名である。フェアリー本家の末席でありながら、そのフェアリー顔負けの強さの持ち主。特別優待魔法士の資格を歴代最年少一六歳で授与され、今では学園高等部の生徒会長を務める。「生物の声をはっきり正確に聞くことができる」潜在魔法「comprensione<疎通>」を使いこなし、頭脳明晰、スポーツ万能な天才。

 が、私の彼氏です。
「明霞(ミンシャ)ぁ……」
どうも初めまして、鳳(フォン)明霞と申します。一応フェニックス本家の子女ですが、ごく平凡なJKです。
 そして私を抱きしめて離さないのが、あの天才彼氏、潤くん。
「いつも以上にお疲れだね。」
「どいつもこいつも潤くん、潤くんって!俺のことなんだと思ってんの?!俺は超人じゃなぁい!」
「はいはい。」
 誰もいない生徒会室で愚痴を漏らす彼は幾分いつもより幼い。いや、こっちが素なのだ。

 確かに彼は超人じゃないが、皆が彼を「超人」と敬う。彼は幼い素の自分を隠している。だからこそ完璧で天才的な彼がいるのだ。

 そんな彼と私の出会いは少々劇的で、林間学校中しばらく帰ってこない潤を私は探しに行った。ほの暗い茂みの中、彼は吐いていた。涙をボロボロと流し、苦しそうに嗚咽を漏らしていた。
「ふぉ、んさ……」
「待ってて!お水持ってくる!」
 あんなに弱ってる彼を見たのは初めてだった。まぁそれもそうだ、隠していたのだから。
 それとなく同級生を誤魔化し、水を持ってまた潤の元へ戻る。
「これ、うがいして?ゆっくりでいいからね。お水飲んでもいいよ。」
「ごめ……」
「ううん!全然大丈夫だよ!」
 背をさすっていると少しずつ息が落ち着き、涙も止まった。
「ごめんね、鳳さん。助かったよ、ありがとう。」
「あ、……」
 彼は自分を偽るのが上手だった。そんな彼を見ていられなかった。
「……私の前くらい、いいよ。」
「っ……?!」
 潤は目を泳がせて、虚ろな瞳が下を向く。
「…………いいの?」
「もちろん!だって同級生だもの!」
 しばらく茂みで二人で話した。散々頼ってくることに荷重になり、急に苦しくなってあの場から逃げてきたこと。そのまま嘔吐して過呼吸になり動けなかったこと。
「みんな、俺を天才とか超人って言うけどさ、そんな凄くないよ。両親が凄いだけ、俺は所詮遺伝でどうにかなってるだけなんだ。」
 彼の両親はどちらも医者で、父親は学生時代全国レベルの空手の選手だった。母親は妖でも有名な魔法士だ。
「でも、潤くんも凄いよ?」
「え、?」
「だってどんなに両親が凄くたって使えなきゃ意味ないし。使いこなせるってことは、たくさん努力したってことでしょ?努力って一番凄いし、大変な事だと思うなぁ。」
 あくまで持論でしかない。それでも潤は真剣に聞いていた。
「潤くんは天才じゃないのか。秀才かぁ……」
「秀才……?」
「努力して努力して凄い人のこと。そもそもこの世に天才なんていないんだよ、きっとね。」
 潤は三角座りの膝に顔を埋めて、少しだけ頷いた。きっとずっと苦しかったのだ。苦しいのを一人で溜め込んで、誰にも頼れなくて、辛かっただろう。

 それからというもの放課後の生徒会室にはオフってる潤がいて、めちゃくちゃに甘やかすのが日常で、その延長で付き合うことになった。みんなには隠している。
 自分は一三人兄弟の一番上なので、甘やかすのは慣れている。甘やかされ慣れてもないので、割にあっている。

「明霞は知らないと思うけど、俺結構前から明霞のこと好きだったんだよ。」
 潤は当たり前かのように言った。
「ふぇ、!?初耳だよ?!それ!」
「だって言ってないし。」
 潤は小悪魔的な笑みを浮かべる。
「いつから?!」
「言わないよぉ。」

 ごく普通の日常である。


「ねぇ、あんたが潤先輩と付き合ってるってホント?」
「え、えぇっと……」
 潤とのデートで学園の生徒に見つかり、交際がバレてしまった。そして、潤ガチ恋勢に責められている。
「平々凡々のあんたなんか先輩と釣り合わないんだからさ、別れてくれない?」
 釣り合わないなんて、自分が一番分かっている。こんな自分じゃ到底合わない、身に余る彼氏なのだ。でも別れないのは、本当に彼が好きだから。
「……ない」
「は?」
「私は絶対別れないから!」

 強気だったものの、やっぱり自分は弱かった。
「ゲホゲホッ……はぁ……はぁ……」
後輩にも魔法で勝てないなんて、ポンコツすぎる。
「はっ!所詮こんなもんかよ!」
 攻撃が目の前に。避けられる気力もない。身構えて強ばり、目をギュッと瞑った。
「ほんとよくやってくれたね?」
 魔法陣の音と彼の声。
「あぁ……潤く、」
「遅くなってごめんね。こんな傷だらけで、痛そう……これ、貴様らがやったの?」
「その、え、っと……」
 いいよ、そう彼は呟いた。
「俺が代わりに相手してあげる。」
 嬉しいでしょ?そう笑っているのに、笑っていなくて、背がゾワゾワする。

 その戦闘時間、〇.五八秒。瞬く間に倒されていた。

 私は保健室に運ばれ、潤が傷の手当をしてくれている。
「ごめんなさい……私、弱くて……」
「なんで謝るの?明霞は何も悪いことしてないでしょ?それに俺知ってるよ。」
 なんのことか分からず、首を傾げる。
「明霞、草木が燃えるの嫌で、火魔法使ってないじゃん。一番得意なのに。なんなら一番苦手な水魔法なんて使っちゃってさ。」
 そこまで見抜かれてるとは思わなかった。私はフェニックスだ。火系統の魔法が得意で、水系統の魔法が苦手だ。でも、中庭の綺麗な花々が燃えるのを私は見ていられなかった。
「潤くんには……なんでもお見通しだね。」
「まぁね、これでも彼氏だからね。」
 手当が終わって潤は額にキスをした。
「もぅ……///」
「あはは!」

 最強で最高な男の彼女でほんとに最幸です。