魔法局、それは国際的に活動するエリート魔法士団体。基本的に特別優待魔法士しか入局できず、皆の期待と憧れを背負っている。
 その中でも特別異質な局がある。その名も魔法暗殺局。魔法裁判局および魔法検察局、魔法法律局が一致する罪人をその場で処す、その役目がある。

 そんなサイコパスの塊のような場所に俺・冴玖磨(さくま)はいた。俺としては、悪魔の筆頭分家下っ端でも能力だけは認められてここにいるだけマシだと思っている。そんな俺も今日から新人の教育係になった。
「…………」
(おいおい冗談でしょ……?!)
 鮮やかな紫苑色の髪に、みずみずしい赤紫の瞳。正直見覚えしかなかった。
「えっと……俺が教育係の冴玖磨です。よろしくね。」
 上手に出るのを躊躇う。それもそうだ。相手はフェアリー本家末席、現役一の魔法の天才と有名な綾野蓮華(れんげ)。齢一一で特別優待魔法士の資格を獲得し、兄・健人の記録を四歳も更新した縁に綾野潤や侑李、和也と名のある魔法士がいるエリート一家のエリート。
「な、なんで君みたいなエリートとがこんなところに……?」
「……貴様に関係あるか?」
 初対面の(一応)先輩の俺に貴様呼び……俺とて天下の綾野家に口出しできるほど身分は高くないが。
「一応、先輩って呼んでほしいな……」
 にしてもこの子……
「背大きいね。一九〇はある?フェアリーって悪魔と同じくらいなんじゃないの?」
「……先輩が小さいんだろう?」
 何も返されないと思っていたので、すごく驚いた。
「俺は悪魔の平均より大きいからね!」
 と言っても一五五センチなのだが。そういえば、さっき先輩って呼んだし、結構聞き分けの良い子なのかもしれない。

「おい、冴玖磨!新しい案件だ。」
 教育係になって三日目、初めての案件が来た。
「蓮華!案件だよ!行こう!」
「…………はい。」
 こんなエリートが魔法総督局に入らなかったのはいつまでも謎だが、こちらとしては万々歳だ。

 だって……

 罪人の住む豪邸。金はあるところにはあるのだな、と思わせる。その家でドロドロと溶けていく罪人の姿があった。蓮華の潜在魔法「fusione(融解)」、万物を溶かす魔法はこの界隈において最高に役に立つ。彼の莫大な魔力によって成り立つその魔法のおかげで速く楽に仕事が終わる。見事なまでにありがたい。フェアリーなこともあり、魔力切れの心配もない。
「終わった。」
「終わりました、ね?ありがとう。ほんとに速くて助かるよ。将来が楽しみ!」
 蓮華の肩を二、三回叩いた。蓮華は嫌だったのか、そっと顔を背けた。
「なに?……照れ屋?おい、蓮華ぇ!!」

 無口な蓮華が話すようになったのは教育係からバディに変わった三ヶ月後のことだった。
「先輩、次の案件です。」
「ん〜、見る感じ危なそうだし、用心していこうね。」
「むっ……俺はフェアリーです。そこらの奴らに負けません。」
「分かってるけど、油断禁物だよ、蓮華。」
「……はい。」


 次の案件は闇オークションだった。闇オークションは案外定期的にあり、その度主催者を殺めている。それなのに一向に無くならないのは、それだけ飢えた貴族がいて、需要があるからだろう。俺自身闇オークションの案件は腐るほどやってきた。

 オークション当日、俺らは仮面をかぶり、客に紛れて潜入する。
「蓮華?勝手な行動しないでね。」
「なんでですか。」
「オークションって貴族の集まりなんだよ。君よりは下手かもしれないが、集まれば、ね?衆少成多だよ。」
「…………」

 蓮華は終始何かを気にしているようだった。
「蓮華?大丈夫?」
「…………」
 頻繁に首を振り周りを見てるようだ。それはオークションが始まってからも同じだった。
「五〇〇〇万円から!」
「五二〇〇万円!」
「五三〇〇万円よ!」
 珍しい毛並みの獣人の子や美しい容貌の雪女の娘など、出てくるのは子供ばかり。貧困が激しく親に売られたのだ。
(可哀想に……)
 一方の蓮華はどこか一点をずっと見つめている。
「蓮華……?」
「……いた。いたぞ!貴様!!」
 と思えば急に声を張り上げ怒鳴り始めた。
「蓮華!落ち着いて!」
「よくも兄貴を!俺が許さねぇ!!」
 ある一人の貴族に殴りかからんばかりの怒りをぶつけている。
「綾野蓮華よ!」
「あいつって確か、暗殺局に……」
「あいつら!魔法局の奴らだ!捕らえろ!」
 周りは段々と俺らの存在に気付き始めた。このままでは案件どころか生きて帰れるかも怪しい。
「蓮華!引き返すよ!蓮華!」
「貴様……!許さねぇ!よくも……よくも兄貴を!!」
 完全に熱くなっていて何も聞こえていない。
(あ゛ぁ!もう……!)
 これは後で説教コースだ。
「隙ありぃぃ!!」
「っ!(まずい!)……くっ!」
 天才的な実力の蓮華があっけなく捕まった。それもそうで、前言った通りここは貴族の集まりだ。たとえ一人で強くとも、弱い力の集まりには勝てやしない。
「これくらいの縄……っ!」
「動くな馬鹿野郎。死ぬぞ。んだから言っただろうが、勝手な行動すんなってさ。」
 目の前で何人「殺した」と思ってる。

 俺は捨てられるようにここに入れられた。入った時、同期は俺含め六人。年は皆バラバラ、俺は下から二番目。殴り合いの喧嘩もしたが、結局仲良く飲みに行ったり、旅行に行ったりした。そんな仲間だった。
 その同期も四年としないうちに皆死んだ。俺の目の前で、皆。守りきれずに死んだのが二人、俺を庇って死んだのが一人、敵との相打ちが二人。俺が「殺した」も同然だった。最後の一人は俺より三つも下で、俺を「冴玖磨さん」と言って慕ってくれていた。そいつさえ守りきれずに、自分の腕の中でそいつは死んだ。
『さ、くま……さん……』
暁都(あきと)!暁都!しっかりしろ!』
『さ、くま、さん、ぜ、たいに、おれ、らの、こと、わすれ、ない、で……やく、そく、で、す
……』
『暁都?おい!暁都!あきとぉぉぉ!!!』

 大切なバディが、仲間が死ぬのはもう見たくない。一人で戦う術も手に入れて、バディを組まずに二年過ごした。そして来た、蓮華の存在。まず死ぬことはないだろうが、若い芽を摘ませないのも先輩の役目だろう。

「お前らも動くな。俺は魔法暗殺局・第零特別班班長、奈利(なり)冴玖磨だ。」
「第零特別班……班長……だと……」
「今まで……何人の……主催者が……こいつに……」
「えぇい!ビビるな!行け!殺せ!!」

 バンバン!ドドドトド!グサッ!ザクッ!ビシャッ……!

(なんて銃とナイフの捌き……)
 一〇分足らずで向かってきた敵を全滅させた。中には紛れて逃げる輩もいた。主催者は腰を抜かし怯えていた。
「用は君だけだったんだけどね。まぁいつか殺される運命だったのが、今日になっただけか。」
「ぁ……ぁぁ……」
「どう死にたい?絞殺?射殺?撲殺?溺殺?ゆーっくり血を抜いて徐々に死ぬのもありだね。俺はそれが一番好きなんだ。」
「ぇ……ぁ……まっ……」

 ザクッ!プッ、シャァァァァァ……!

 何か言う前に奴の首を掻っ切った。血が大量に吹き出し、俺の肌を赤く染めていった。

「まぁそんな殺り方、時間かかって仕方ないけど。」
 血生臭いスーツで頬を拭った。
「大丈夫かぁ。今縄解くからな。」
「……ありがとうございます。」
「蓮華もまだまだ新人だね。でも、単独行動はダメ。分かった?」
「分かりました……すみません……」
 蓮華の視線の先には先程まで怒りをぶつけていた奴の遺体があった。
「……あいつ……兄貴のこと……強姦……したんです……いつか……絶対……殺すって……決めてて……」
「うん。」
「今日の……客の……名簿に……名前が……あって……絶対……ぜったい……」
 蓮華にも彼なりの敵がいた。そう熱くなるのは俺にも分かる。蓮華の瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。
「もう大丈夫。よく頑張りました。」
「俺……何も……」
「いいのいいの。ほら、帰るよ。着替えたらどっか食べに行こうか!今日は先輩が奢ってあげよう!」
 蓮華の手を引っ張り立ち上がらせ、ホールを後にした。
「…………そんな、先輩が俺は好きです。」
「っ?!今なんて?!」
「…………」
 蓮華はそれから一度も口を開かなかった。

 一応、無事に案件は終わり、俺はしばらく休養することにした。 怪我があった訳では無いが、激しい戦闘で疲れているだろう、と蓮華に散々休めと言われ、仕方なく休んでいる。
「暇だな……」
『俺は好きです』
「わぁぁ!!」
 なんとなくぼぉーとしていると、蓮華の言葉を思い出してしまった。返事も何もしていないが、蓮華は普通だった。何事もなかったかのように……
(返事しないとな……)
 とは思いつつどう返事すべきか悩んでいる。そもそもあんなエリートが俺を好きである理由が全く見えない。聞くにも聞けない。
 そんなこんなしていれば、玄関チャイムが鳴った。
『遊びに来ました。』
 噂をすれば蓮華である。
「仕事は?」
「終わらせました。明日休みも貰いました。」
「最高に手際が良いね……」
「ありがとうございます?」
「ばぁか、皮肉だよ。」
 このところ蓮華に耳と尻尾があるように感情が分かる。今はしゅんっと耳を垂らしている。
「俺の趣味で良ければ映画が何本かしかないけど……」
「……先輩って純粋ですね。俺が本当に遊びに来たと?」
「げっ……返事待ち、ってことだよね。」
「はい。」
 誠実な瞳でこちらを見つめてくる。
「なんで俺なのかだけ聞いてもいい?」
 ここで聞かなければ、もう一生聞けない気がした。

「俺は……昔から腫れ物を扱うように接しられました。」
 始まったのは蓮華の生い立ちと入局理由の全てだった。
 幼い頃から神童の如く躍進してきた蓮華は、「普通の人」として見られなかった、という。機嫌を損ねぬよう、蓮華の好きなように、と。
「家族だけは違ったんです。特に姉と兄は。俺は彼らに危害を加える奴をことごとく排除したい、だからここに入りました。」
 蓮華は一歩近づいて、俺の頬に触れた。
「初対面で先輩は俺を後輩として見てくれましたね。そんなの初めてだったんです。敬語じゃないのも、むしろ先輩って呼んでと言ったのも。」
 凄く嬉しかったんです、彼はそう続けた。
「そ、そんなのたまたまじゃない?」
「そんなことありません。その動じない性格も、中性的な可愛い顔も、小柄で程よい肉付き体躯も、好きです、先輩。」
「っぅ……///」
 少し屈んで俺の瞳をじっと見てくる。
「返事をくれませんか?」
 そんなこと言われてしまったらどうしようもないでは無いか。
「俺、恋愛経験ないけどいい?」
「俺もありません。むしろ二人で探していきましょう?」
「……いいよ、俺でよければ。」
「先輩がいいです。」
 蓮華は俺を軽々と抱き上げると、熱い熱いキスを交わした。

 二九歳サラサーアサシン、二二歳新人アサシンと付き合うことになりました。力哉(りきや)さん、一朔(いさく)さん、鬼丈(きじょう)さん、(ゆかり)ちゃん、そして暁都。俺はもう少し頑張ってみることにします。