「ケーキ買ってくるね。」
 これが最期の言葉だった……。

 ごくある話だが、私、茶子と胡桃と苺はお隣さんで幼なじみ。胡桃と苺は姉妹。胡桃がお姉ちゃんで、私の1つ上。苺は私の1つ下。小中高校も同じ、よくお泊りや旅行に行った仲だ。
 そして、苺が大学に入るとき胡桃の家に3人で住むことになった。理由は簡単、大学が同じだから。残念ながら学部は違う。頭のいい胡桃は医学部に現役合格。普通に会社員になりたかった私は経済学部に。正義感の塊である苺は弁護士を夢見て法学部へ。姉妹は頭がよくて羨ましい。

 最期は私の……茶子の20歳の誕生日だった。二人は私のために私の好きなチョコケーキを買いに行ったのだ。結構有名なケーキ屋の美味しいチョコケーキ。私が大好きなのを二人は知っている。高校生の頃から、二人はこのチョコケーキを買ってくる。ほんとに大好きなのだ、そこのチョコケーキが。でも、それ以上は二人が大好きだった。
「今日は2月14日……茶子姉お誕生日おめでとう!!」
「茶子も20歳かぁ。なんか違和感、いやお酒いっしょに飲めるからいいか!」
「ありがとう、くる姉、苺。」
「今日はチョコケーキと赤ワインだね。」
ずるーい、とお酒の飲めない苺はポコポコを胡桃をパンチしていた。

 大学から帰ってきてすぐに二人は出かけた。
「なくなっちゃうから、もう行くね!!」
「チョコケーキでいいよね。ケーキ買ってくるね。」
 すごく嬉しそうな笑顔を見せた。

 買ってすぐだったらしい。ショートケーキが突っ込んだ。蛇行していたおばあさんの車が二人の車を襲った。急にハンドルを切った、そのまま近くの店に突っ込んだらしい。二人とも即死で、車が爆発してそのまま……見つかったときは骨も原型を留めていなかった。

 グチャグチャの灰になったチョコケーキ。私が今日生まれなければ……私があの店のチョコケーキを好まなければ……二人は死なずに済んだのに。

 胡桃と苺の両親は私に泣いて感謝した。2人と仲良くしてくれてありがとう、と。私が殺したも同然なのに、そんなことを言われては困って仕方ない。どんな顔すれば良いかも分からない。無情にも涙一つ出なかった。

 アパートに帰って1人、リビングで立ち止まった。シーンとした1LDK。いつもは胡桃がナッツを食べながらお酒を飲んでいるか、苺がカタカタと激しいタイピングの音が聞こえるか。うるさいくらいの家だった。のに、こんなにも静か……
「くる姉ぇ……!苺ぉ……!!」

 今頃凍った滝が融けた。そして滝を流れる水は止まることを知らない。あっという間に乾いた岩壁を濡らした。滝壺いっぱいに水を流した。

 私がいくら後悔しようと2人は帰ってこない。どうしようもない消失感に包まれた。

 カーテンの隙間から夕日が差した。背が抱きしめられたように温かくなる。2人に抱きしめられている様な……否、抱きしめられているのだ。そう、思っておく。

 スッキリするとふとショートケーキが食べたくなった。チョコケーキじゃなくてショートケーキ。少し遠くにあるケーキ屋のショートケーキが2人は大好きだった。ドライブも兼ねて買いに行こう。ついでにシャンパンを買って、2人にあげるのだ。

 ミルキーなクリームと酸っぱいイチゴが心に沁みた。

 今まで一番不味くて……でも美味しかった。