獣人ーそれは動物の一部を切り取った体を持つ人間。この世の闇社会と汚い富裕層では売買の対象である。もちろん、違法取引である。
そんな腐ったこの世界に彼はいた。
「1000万から!」
「1100万!」
「俺は2000万だ!」
どんどん競り上がる金額。そんな声が頭にこびり付いている。
結果的に彼は5000万円で買い取られた。漆黒の、まるで黒鳥のような、烏のような翼を持つ鳥型獣人の少年だった。組織に捕まりそうになった時、両親も兄弟も彼をかばって殺された。黒い翼を持つ獣人は珍しいのだ。ましてや、白鳥のような純白の翼を持つ一族の異常児。希少価値が高かった。鳥型獣人の最高落札額を更新した。
そんなこと彼には関係無かった。帰りたいのに、帰りたくない。帰っても何もない。家はめちゃくちゃで、家族は皆殺しにされた。錆びた鳥籠の中で独り、もう売られてから5年は経っていた。幼い記憶は空覚えで、上手く皆の顔も声も思い出せない。
売られてすぐ、左翼をもぎ取られた。綺麗だから部屋に飾るらしい。同時に、たとえ籠が壊れても逃げ出せないように、という意味も含めて。
鳥籠の中はなんとも言えない不気味さを放っていた。錆びついた籠に付いた引っ掻いたような跡、それも3本だったり4本だったりする。引きずったような血の跡も撃たれた時に付くような血飛沫跡も。まるで、ここにはもう何十という獣人が囚われていた、と言っているかのような、そんな籠だった。
彼は諦めていた。帰りを待つ人も帰る場所も手段もない。どうせここで一生を終えるのだと、思っていた。帰りたい……その思いごと籠に囲った。
ある何の変哲もない日常の一日だった。強い揺れが彼を襲った。いや、ここ一帯を襲ったのだ。鳥籠は温室のような、ガラス張りのハウスにある。そのガラスでさえ、粉々に割れた。幸い怪我はしていない。籠は思ったよりも横に揺れた。籠の中で右に左にと滑った。思いっきり右側にぶつかった時、籠が壊れた。間一髪左のポールに手をかけ、頼りない腕でなんとか落ちかけの身体を持ち上げ、事なきを得た。
籠が壊れると同時にサイレンが鳴った。逃走警報だ。籠の右側は開放的だ。小さな籠の中では翼を広げることもできなかった。でも今は違う。力いっぱい折り固まった右翼に込めて、心置きなく広げた。飛びたいと、少しでも思ってしまった。今なら逃げられるのだ。飛べないのに飛べる気がして、帰れないのに帰りたかった。いきたかった、家族のもとへ。目の前には壮大な星空があって、彼を呼ぶように輝いた。空の左下は朱く染まっていて、刻々とその朱が広がった。もう片方は宵闇に包まれている。吸い込まれそうな深い空に見とれそうになる。
遠くから乾いた革靴の音。主が来たのだ。見つかったら、逃走実行で殺されるか、新しい籠でまた囚われ生活か。どっちにしろ怖くなった。
「おいで?小夜。」
ふと空覚えだった母親の声が聞こえた。そう、彼の名前は小夜だった。主にはただ「お前」とだけ呼ばれていた。
空から聞こえた。家族の温もりが恋しくなった。ハウスの天井に鳥籠は吊るされていた。主が着く少し前、小夜は大空へ羽ばたいた。
そんな腐ったこの世界に彼はいた。
「1000万から!」
「1100万!」
「俺は2000万だ!」
どんどん競り上がる金額。そんな声が頭にこびり付いている。
結果的に彼は5000万円で買い取られた。漆黒の、まるで黒鳥のような、烏のような翼を持つ鳥型獣人の少年だった。組織に捕まりそうになった時、両親も兄弟も彼をかばって殺された。黒い翼を持つ獣人は珍しいのだ。ましてや、白鳥のような純白の翼を持つ一族の異常児。希少価値が高かった。鳥型獣人の最高落札額を更新した。
そんなこと彼には関係無かった。帰りたいのに、帰りたくない。帰っても何もない。家はめちゃくちゃで、家族は皆殺しにされた。錆びた鳥籠の中で独り、もう売られてから5年は経っていた。幼い記憶は空覚えで、上手く皆の顔も声も思い出せない。
売られてすぐ、左翼をもぎ取られた。綺麗だから部屋に飾るらしい。同時に、たとえ籠が壊れても逃げ出せないように、という意味も含めて。
鳥籠の中はなんとも言えない不気味さを放っていた。錆びついた籠に付いた引っ掻いたような跡、それも3本だったり4本だったりする。引きずったような血の跡も撃たれた時に付くような血飛沫跡も。まるで、ここにはもう何十という獣人が囚われていた、と言っているかのような、そんな籠だった。
彼は諦めていた。帰りを待つ人も帰る場所も手段もない。どうせここで一生を終えるのだと、思っていた。帰りたい……その思いごと籠に囲った。
ある何の変哲もない日常の一日だった。強い揺れが彼を襲った。いや、ここ一帯を襲ったのだ。鳥籠は温室のような、ガラス張りのハウスにある。そのガラスでさえ、粉々に割れた。幸い怪我はしていない。籠は思ったよりも横に揺れた。籠の中で右に左にと滑った。思いっきり右側にぶつかった時、籠が壊れた。間一髪左のポールに手をかけ、頼りない腕でなんとか落ちかけの身体を持ち上げ、事なきを得た。
籠が壊れると同時にサイレンが鳴った。逃走警報だ。籠の右側は開放的だ。小さな籠の中では翼を広げることもできなかった。でも今は違う。力いっぱい折り固まった右翼に込めて、心置きなく広げた。飛びたいと、少しでも思ってしまった。今なら逃げられるのだ。飛べないのに飛べる気がして、帰れないのに帰りたかった。いきたかった、家族のもとへ。目の前には壮大な星空があって、彼を呼ぶように輝いた。空の左下は朱く染まっていて、刻々とその朱が広がった。もう片方は宵闇に包まれている。吸い込まれそうな深い空に見とれそうになる。
遠くから乾いた革靴の音。主が来たのだ。見つかったら、逃走実行で殺されるか、新しい籠でまた囚われ生活か。どっちにしろ怖くなった。
「おいで?小夜。」
ふと空覚えだった母親の声が聞こえた。そう、彼の名前は小夜だった。主にはただ「お前」とだけ呼ばれていた。
空から聞こえた。家族の温もりが恋しくなった。ハウスの天井に鳥籠は吊るされていた。主が着く少し前、小夜は大空へ羽ばたいた。