月島ゆかり先輩は学校一の美少女と称されている。
 小顔で鼻筋が高く整った顔立ち。透き通るような白い肌に長く綺麗な黒髪。
 誰もが目を奪われる美しい容姿。
 学校内だけに留まらず、学校外にもファンクラブが存在しているとの噂もある。
「あっ。月島先輩だ」
 登校中に一緒に歩いていた同じクラスの友人が月島先輩を発見した。
 今日も美少女だ。そして色々な人に囲まれて歩いている。
 でも俺は隣を歩く友人のように憧れの目で月島先輩を見たりしない。
 俺はそっとスマホを握りしめた。
『おはようございます。今日もすごい注目ですね』
『ありがとう。少し窮屈な気もするけど』
 ラインでメッセージを送ると返信のメッセージに続いて困惑する可愛いスタンプが返ってきた。
 水口紅太郎。サッカー部二年。
 特に人より秀でた者のない俺だが、学校内外に自慢したいある秘密を持っている。
 俺の秘密。それは学校一の美少女である月島先輩とSNSで繋がっていると言う事。
 これは当事者だけしか知らない秘密だ。
 もしも俺が月島先輩とライン交換していると知られたらどれだけの人物から教えろと言われることになるやら。想像するだけで恐ろしい。部活の先輩達にそれだけでいじめられてしまうだろう。絶対に月島先輩のラインを他人に教えるつもりはないのだから。
「おはよう。紅太郎」
 そんなことを考えていた俺の背中に衝撃が走る。女子の声と共に。
 そこそこ大した衝撃だがいつものことなのでもう慣れたものだ。
「おはよう。紅葉」
 俺は挨拶を返しながらその人物に振り返った。
 花崎紅葉。
 愛嬌のある可愛らしい顔立ち。短く切りそろえられた髪。スカートは通常よりも短く下にはいている短いジャージのズボンが見えていた。
「おっ。彼女が来たな」
「違うぞ」
 どうも俺は紅葉と付き合っていると周囲から思われている。毎回否定しているが。
 否定している効果は出ていないようでこの友人も未だに勘違いしている。
「じゃあ俺は先に行くぞ」
「おい。ちょっと待て」
 止めるのも聞かずに友人は走って行った。
 繰り返すが俺と紅葉は幼馴染なだけで別に付き合っているわけではない。
 紅葉とは家が近所で誕生日が一緒で一緒の病院に生まれてどちらも「紅」の字が入ったりしているが、最近は家族ぐるみの付き合い的なものは減って来ている。
 今でもクラスは一緒だが、一緒に登校しなくなって久しい。
「紅太郎。アンタまた月島先輩に個人ライン送っているんでしょう」
「ああ、ちょっと悩みに乗ってもらっているんだ」
「どんなの?悩みなら私が聞くわよ」
 一瞬ギクッとなった。
「いや、紅葉には話せない内容で」
 絶対に言えない。特に紅葉には。
「そっか。部活関係?」
 勘違いしているが丁度いい。
「まあ、そんなところだ」
 俺はそう肯定した。
 この話題を少しでも早く終わらせたい。
「ひょっとして、月島先輩にアプローチしているんじゃないでしょうね」
 ジトっとした疑いの目で紅葉は俺を見る。
「そ、そんなことするわけないだろう」
 そんな事は無いが、言い淀んでしまった。
「どーだか。憧れの先輩でしょう」
「憧れは憧れだけど。それは全校生徒一緒だぞ」
 うちの学校で月島先輩に憧れていない人はいないと勝手に思っている。
 ちなみに俺はサッカー部で月島先輩は元バスケ部。
 うちの学校は球技系の部活の横のつながりが凄いので交流の機会が何度かあった。だからこそより月島先輩の素晴らしさを知っているわけだが。
「それよりさ。今週の日曜暇か?」
 話題を外すついでにかこつけて聞いてみた。
「暇だけど」
 第一条件クリア。
「前言ってた映画見に行かないか?」
「いいよ。行こう」
 第二条件クリア。
 機嫌のよさそうな紅葉とそのまま話をしながら学校へ向かった。

          *

『半分成功しました』
 俺はある人にラインを送った。
『それはどっち?』
 すぐに返信が返って来る。
『誘えましたがなんだかデートの感じにはならなかったです』
『そ。そう。……当日頑張って』
 なんだか微妙な感じのスタンプも届いた。
 月島先輩に個別でラインしているのはとある相談についてだ。
 俺は紅葉が好きだ。
 多分、初恋だ。いつから好きだったのかは正直思い出せないが。
 そして俺はある時期から月島先輩に紅葉との恋愛相談をしていたのだった。

          *

『月島先輩とライン交換できたよ』
 ある日。紅葉がいきなりそんなラインを送ってきた。
『本当か?』
『本当だよ。グループ作って招待してあげる』
 そのあと、三人でライングループができて、三人でラインでやりとりするようになり、そのうち月島先輩と個人ラインをするようになった。
『内緒だけど私にも彼氏がいるんだ。だから恋愛相談とかあったら乗るよ』
 そんな言葉に甘えて月島先輩にラインするようになった。

          *

 その週の日曜日。紅葉と映画を見に行ったのだが、特にデートっぽくなかった。
 楽しかったのは楽しかったが、色恋沙汰には程遠かった。
 次の日の月曜日は久しぶりに紅葉と一緒に登校した。
「また月島先輩にライン?」
 スマホをいじっている俺に紅葉が覗き込んでくる。
「メッセージ送っているみたいだけど。ちゃんと返事返って来てるの?」
「ああ、でもいつも夜にならないと返って来ないんだ」
 そう。紅葉に教えてもらった月島先輩のラインだが、どういうわけか夜にならないと返って来ない。
「あんまりのめり込んじゃ駄目だよ。月島先輩を紹介した私のせいでもあるけど。スマホの向こう側に誰がいるかなんてわからないじゃない」
 その紅葉の一言にドキッとした。

          *

 紅葉の一言を聞いて、俺は決意を決めた。
 俺はある勝負に出ることにした。
『どうも紅葉は俺の事を異性として見ていないようです。なので紅葉の事はあきらめようと思います』
 夜。月島先輩がラインを返してくれるタイミングにメッセージを送った。
 いつもなら返してくれるのだが、その日は月島先輩からの返信は無かった。

          *

 翌日。月島先輩から返事が一切来なかったが代わりに紅葉からラインが来た。
『話があるから放課後家に来て』
 紅葉に呼び出されて、久しぶりに紅葉の家に連れて行かれた。
「ごめんなさい」
 部屋に入ってドキドキする間もなく紅葉に謝られた。
 深々とした土下座だ。
 昔から本当に悪い事をした時はお互いに土下座するのがなんとなくの決まり事だ。
「どうした?」
 俺は紅葉に尋ねる。
「あのね。ラインの月島先輩は偽物なの」
「に、偽物!?」
 いきなり衝撃的な言葉だった。
「じゃあ、俺が月島先輩だと思っていたのは?」
「私が成り済ましていたの」
 紅葉がさらに衝撃的な言葉を放つ。
「どうやって?一人で二つアカウントとかとれたっけ?」
 ラインにそんなシステムあったのだろうか。
「あれ。おばあちゃんのスマホなの」
「はい!?」
 今日一番の驚きだった。
 俺が月島先輩と思っていたのは月島先輩の四倍の年齢の人だった。
「じゃあ毎回。おばあちゃんのスマホ借りてたの?」
「いや、ラインをパソコンでログインして使ってたの。たまに本人認証必要な時だけ借りたりしてたけど」
 全てのからくりの謎が解けた。
『スマホの向こう側に誰がいるかなんてわからないじゃない』
 紅葉の言うとおりだった。騙した側だから説得力が違う。
「スマホの向こう側にいた人物が違ったと思ったらそもそもスマホ越しでもなかったのか。パソコンでやったことないけどパソコンでもラインできるんだな」
 俺は落ち着いていた。
 そして勝負に出る。
「ずっと恋愛の相談をしていた相手が好きな人本人だった事。世界がひっくり返るほどの出来事だぞ」
 俺はずっと月島先輩と思っていた紅葉に俺がいかに紅葉のことが好きかを語っていたのだ。
 俺の言葉を聞いた紅葉は無言だ。
「あのラインのやりとりをしてたってことは、俺の気持ち知ってるよな?」
 紅葉は黙って頷いた。
 頷いたままそのまま再度土下座した。
「でも、こんなことしていた私の事。嫌いにならない?」
 顔を伏せたまま心配そうに紅葉がそう尋ねてきた。
「ちょっと怒ってる。けど嫌いにはならないよ」
 そう言って紅葉の頭を撫でる。
「どうしてこんなことを?」
「みんなの憧れの月島先輩に私と付き合ったらって言われたら意識してくれるかなって思ったの。でも恋愛相談するって言って私が好きだって言われて、びっくりして言いだせなくてこのままになってて」
 俯いたまま懺悔のように紅葉が声を絞り出した。
「そうだったのか」
 そこまで聞いてある事が気になった。
「逆の事やられたら紅葉ならどうする?」
 ちょっと気になってそう聞いてみた。
「蹴り飛ばす」
「飛ばさないで!」
 即答に思わずツッコミを入れてしまった。
 本格的に習っているわけではないが、空手家の娘だけあって紅葉の一撃は強烈だ。
 中学の時に腹に一撃貰ってその後吐いてしまったのは今でも忘れられない。
「それじゃあ、紅葉にこんな事は出来ないな」
「紅太郎はこんなことしないでしょう?」
 ようやく顔を上げた紅葉は俺にそう尋ねた。
「どうかな」
 そう言って俺は紅葉に微笑みかけた。
「紅葉」
「はい」
 俺も座り込んで紅葉と目線を合わせた。
「俺と付き合ってくれ」
「はい」
 こうして、俺の告白は成功した。

          *

「付き合う事になったんだね。おめでとう」
「ありがとうございます。月島先輩」
 俺は月島先輩を呼びだした。ラインで。
 そして紅葉と付き合う事になった事を報告して今までのお礼を述べた。
 俺のスマホには月島先輩が二人いた。
 一人は紅葉が演じていた月島先輩。
 そしてもう一人は本物の月島先輩。
 紅葉は知らない。
 俺と月島先輩が知り合いだと言う事を。
 雨の日に体育館で自主トレしている時に偶然知り合い趣味が合って仲良くなった。
 実はサバサバしていて口調がたまに男っぽくなるのも知っているが、別に変な間柄ではなくただの先輩後輩の関係だ。
 こっそりと一年の時から月島先輩とバレー部の現部長と付き合っている事も俺は知っている。紅葉は俺が月島先輩を好きにならないように嘘で彼氏がいると偽ラインで言っていたが、それは正しい情報だったのだ。
 逆に月島先輩は俺が紅葉の事を好きな事もずっと知っていた。
 だから紅葉に月島先輩(偽物)のラインを紹介された時には最初から偽物だとわかっていたのだ。誰が偽物やっているのかはわからなかったが。
「でもまさかおばあちゃんのスマホ使っているとは思いませんでした」
 直接告白する勇気のなかったビビりな俺が間接的に気持ちを使えるために紅葉の嘘をそのまま利用した。紅葉と仲のいい友達かと思ったら本人だったのには本当に驚いた。
「それで、彼女にはネタばらししなくていいのかい?」
「しばらくはやめておこうと思います」
 ずっと恋愛の相談をしていた相手が好きな人本人だった事。世界がひっくり返るほどの出来事だった。
 そしてそれをやった張本人に。その事実はとっくの昔に知っていて演じていた人と協力して騙されていたふりをし続けて告白する作戦だったと知られたら、紅葉の世界はどうなってしまうことだろうか。
「紅葉に知られたら腹にキックが突き刺さりますから」
 紅葉の世界がひっくり返った挙句俺はあの苦痛を再度味わうことになるだろう。
 だからこの秘密は紅葉の性格がもっと大人しくなるまで温めていおう。
 俺は静かにそう誓いながらスマホを取り出す。
「それじゃあ紅葉が待っているので行きます」
「ええ。楽しんでおいで」
 月島先輩に挨拶をして、俺は待ち合わせ場所に待つ紅葉に「すぐ行くよ」とメッセージを送った。