「遅くなってしまってすみません」
翔也さんがメニューを確認しながら私に話しかける。
「いえいえ、全然」
私は緊張して気の利いた返事ができない。
「びっくりしました。着きましたって連絡をいただいたのが集合時間の十五分前だったので」
「すみません。プレッシャーでしたよね」
私はコーヒーを飲みながら返事をする。
「いえいえ、ただしっかりした方なんだなと思いまして…すみませーん」
翔也さんは店員さんを呼んでリンゴジュースを頼んだ。
「カフェイン、お飲みにならないんですか?」
「ああはい。飲めなくて」
へえ、カフェイン無理なんて相変わらず可愛いな。
…いや、相変わらずって私なんてこと思ってんの。
「ところで」
リンゴジュースを一口飲んだ翔也さんが口を開いた。
「今日はありがとうございます。会っていただいて」
丁寧な言葉。
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。顔もわからない人に合うなんて怖かったですよね。」
「そんなことないですよ。メッセージで素敵な方なんだなって思っていましたから」
そんな嬉しいことを言ってくれる。
私は「ありがとうございます」と言いながら翔也さんの様子を伺った。
私だってことには気づいてないらしい。
そりゃそうか、もう10年くらい経つもんな…。バレてなくて安心したけど、ちょっと悲しい。
「…でも、危機管理能力はもう少し待った方がいいですよ?」
私は気づかれていないことに安心して、また変なことを言ってしまった。ダメな癖だ。調子に乗るとすぐに変なことを言ってしまう。
「え、あなたは何か備えてきたんですか?笑」
普通の人ならは?となるようなことを言われても、翔也さんは爽やかに笑いながら聞いてくれる。
やっぱりこの人といてもストレスたまらない。というか、ストレスがなくなっていく。
「あ、まあ一応は。例えば、今のこの席。私の方が安全なんですよ」
「え、なんで?」
タメ口になった。それもまた嬉しい。
「私の席だと入り口が見えるじゃないですか。だから強盗が入ってきてもすぐわかって逃げることができるんです」
翔也さんは目をパチパチさせた。
それから吹き出した。
いや、強盗が入ってきたら出口塞がれるんだから逃げれないでしょ」
「あっ、確かに…」
私は指摘されて恥ずかしくなり、急いでコーヒーを飲んだ。
翔也さんはそんな私を見て、微笑みながら呟いた。
「昔と変わらないなあ、真女は」
「……は、?」
私はびっくりしてカップを持ったまま固まった。
翔也さんもしまったと言わんばかりに固まっている。
「私、名前教えましたっけ?ていうか昔って…」
そういう私に翔也さんは肩を震わした。
怯えている翔也さんが可愛くて、思わず吹き出しそうになる。
「先生、私のこと覚えてくれていたんですか?」
その言葉に先生はびっくりしている。それから口を開いて確かめるように言う。
「…俺のこと、覚えてるのか?」
「え、はい。先生も覚えてくれていたんですよね」
私も確かめるように言う。
そう、翔さんは私の中学時代の教師だった。
そして私の………。
「はあ、よかったー。覚えてないかと思ってて焦った」
少し気まずい沈黙の後、先生が安心したように口を開いた。安心したのか、少し声のトーンが低くなっている。
「いやいや、私の方こそですよ。先生はいつから気づいてたんですか?」
自然と私の声も低くなる。
「真女が手を挙げたときだよ。全然変わってなくてすぐに気づいた。あ、でも可愛くなったね」
「なっ、恥ずかしっ!ちょっと、セクハラですからねっ!」
「え、うそ。それもセクハラなの?ごめんごめん!!」
セクハラと言われて焦っているのが可愛い。とにかく愛おしいなあ。
「ところで、カフェイン飲まないんですね。え、さすがに緑茶とかは飲みますよね?」
私が話題を変えてカフェインの話をした途端、先生はどこか悲しそうな顔をした。
「いや、緑茶も飲まないよ。カフェイン全部飲めなくなって」
「ん?前は飲めてたんですか?」
「ああうん…年取るとキツくてね」
「ははっ、もうおじさんですね」
落ち込んでいる先生も可愛い。
「な、これでもまだ30代だからな」
言い返さなんて珍しい。でも、緊張が解けたってことで嬉しい。
「ああ、幸せだなあ」
私は無意識に、そう呟いていた。