「りゅ、龍神様はお二人でひとつとおっしゃいました。帰って行かれたのもお二人なんですか?」
千代の問いに、千臣は大きく頷いた。
「良く気づいたな、千代。ここが問題だ。帰って行ったのは『龍』としか言っていない。つまり『一対』なのか『一尾』なのか、ここでは区別がつかない。しかし、次の文で説明がつく」
『わかつかみむかえみこのそうじょうにて』のことだ。千代は千臣の目を見て、聞く準備があるという意思表示の為、こっくりと頷いた。
「『わかつかみ』、つまり『別れた神』とある。このことは、龍が帰った時、二匹が別れたのだ、ということを示している。その別れて帰って行った神は、『むかえみこ』……、これは千代のことだとさっき結論が付いたな、……の『そうじょう』、これは神前における祝詞か舞か、なにかの奉納だろう、それによって、……次の文になるわけだが」
「『さとおりりたちてこううあり』。……別れて帰ってしまわれた神さまが、もう一度この郷にやって来て、雨が降るんですね……」
なんとなく、千代にも分かって来た。龍神様は、もともとこの郷に居られたのだ。それが、ある時何故か、片方だけが、天に帰ってしまった。それからが、この郷の少雨に嘆く日々の始まりだったのだろう。ただ、神さまは巫女である千代の奉納で舞い降りて、そして雨が降るのだ。
……って、あれ?
「で、では、郷に雨を得るためには、水凪様をこの郷にお迎えしただけでは足りず、何かしらの奉納をせなあかんということですか……?」
「この歌では、そういうことになっているな」
「大変!」
千代の顔がサッと青くなる。水路に水を引いてもらっただけで喜んでいてはいけなかったのだ。奉納? 奉納? 祝詞だろうか、舞だろうか。ああ、その答えが歌にあればよかったのに! おろおろとあたりを見渡したが、水凪の気配は感じない。千代は千臣に縋った。
「千臣さん! 郷に雨が降るようになるにはどうしたらええんですか!? 水凪様がいらしてから、まだ一度も雨が降ってないんです!」
なにか、巫女たる自分に落ち度があったのではないか。千代が動揺の余りそう考えると、まあ落ち着け、と千臣は千代の肩に、その大きな手を置いた。何処からともなく冷ややかな風が流れてきて、そちらを振り向いたがそこには誰もいなかった。千臣が落ち着いた声で千代を諭す。
「まだ水無月になったばかりだ。千代が龍神を迎えた暁には、ちゃんと郷に雨は降ると歌にもあっただろう。水凪殿がどういう意図で千代と婚姻を結んでいないのかは分からんが、水凪殿にも考えがあるのかもしれん。水凪殿の言葉を待ってみてはどうだ。そして、待っている間に文字を覚えたら良い」
……独りで慌てふためいてたのが、千臣の言葉で鎮火していく。千臣の言葉は、すうっと千代の心に入って行った。
千代の問いに、千臣は大きく頷いた。
「良く気づいたな、千代。ここが問題だ。帰って行ったのは『龍』としか言っていない。つまり『一対』なのか『一尾』なのか、ここでは区別がつかない。しかし、次の文で説明がつく」
『わかつかみむかえみこのそうじょうにて』のことだ。千代は千臣の目を見て、聞く準備があるという意思表示の為、こっくりと頷いた。
「『わかつかみ』、つまり『別れた神』とある。このことは、龍が帰った時、二匹が別れたのだ、ということを示している。その別れて帰って行った神は、『むかえみこ』……、これは千代のことだとさっき結論が付いたな、……の『そうじょう』、これは神前における祝詞か舞か、なにかの奉納だろう、それによって、……次の文になるわけだが」
「『さとおりりたちてこううあり』。……別れて帰ってしまわれた神さまが、もう一度この郷にやって来て、雨が降るんですね……」
なんとなく、千代にも分かって来た。龍神様は、もともとこの郷に居られたのだ。それが、ある時何故か、片方だけが、天に帰ってしまった。それからが、この郷の少雨に嘆く日々の始まりだったのだろう。ただ、神さまは巫女である千代の奉納で舞い降りて、そして雨が降るのだ。
……って、あれ?
「で、では、郷に雨を得るためには、水凪様をこの郷にお迎えしただけでは足りず、何かしらの奉納をせなあかんということですか……?」
「この歌では、そういうことになっているな」
「大変!」
千代の顔がサッと青くなる。水路に水を引いてもらっただけで喜んでいてはいけなかったのだ。奉納? 奉納? 祝詞だろうか、舞だろうか。ああ、その答えが歌にあればよかったのに! おろおろとあたりを見渡したが、水凪の気配は感じない。千代は千臣に縋った。
「千臣さん! 郷に雨が降るようになるにはどうしたらええんですか!? 水凪様がいらしてから、まだ一度も雨が降ってないんです!」
なにか、巫女たる自分に落ち度があったのではないか。千代が動揺の余りそう考えると、まあ落ち着け、と千臣は千代の肩に、その大きな手を置いた。何処からともなく冷ややかな風が流れてきて、そちらを振り向いたがそこには誰もいなかった。千臣が落ち着いた声で千代を諭す。
「まだ水無月になったばかりだ。千代が龍神を迎えた暁には、ちゃんと郷に雨は降ると歌にもあっただろう。水凪殿がどういう意図で千代と婚姻を結んでいないのかは分からんが、水凪殿にも考えがあるのかもしれん。水凪殿の言葉を待ってみてはどうだ。そして、待っている間に文字を覚えたら良い」
……独りで慌てふためいてたのが、千臣の言葉で鎮火していく。千臣の言葉は、すうっと千代の心に入って行った。