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水無月の始まりの日、千代はお田植え神事に臨んでいた。水凪が立つ本殿前の神田を前に玉苗を並べ、祝詞を奏上すると、璃子たち早乙女が神田に並んでいた植え方に玉苗を渡した。植え方たちは横一直線に並んで、一束ずつ慎重に神田に玉苗を植えていく。厳かな神事の中で、郷の西端の川から引き上げている水は絶え間なく田に注ぎ、透明な水を湛えていた。植え方が玉苗を植えていく様子を郷の人たちが目を輝かせてみている。それもそのはず。水が十分得られなかった今までは、神田にのみ滔々と水がたたえられ、自分たちの田には水が引けないこともしばしばだった。
それが今年はどうだ。神田のみならず、郷のどの田にも透明な水がたたえられている。郷の人たちの興奮は尋常じゃなく、神事を見守るあちこちから水凪を称える声が聞こえた。千代も、水凪をこの郷に迎える一助になったのかと思うと彼らの声が嬉しかった。千臣も、郷の人ではないのにこの神事を見守ってくれていた。
ふと。思い出したのは、千臣の言葉だ。
――――「そもそも千代は、何故自分が神を迎える人間に選ばれたのか、知っているのか」
その問いの答えを探し出したら、千代に、水凪に、郷に、なにが起こるのだろうか。千代が理由を知って、腑に堕ちればそれで良いのだろうか。理由を知って、何か新しい未来が見えるのだろうか。郷は?
どきんどきんと胸が打つ。先のない決められた道しか歩んでこなかった。未来を見つめるのが、こんなにも胸躍り、そして怖いものなのだと、千代は知った。
やがて神事が終わり、千代は水凪に労の礼を述べた。
「今年は直接神籬(ひもろぎ)に水凪様のお力を頂き、ありがとうございました」
「この郷に降りたからには、担う役もあるだろう。郷が潤う為に、十分考えておく。だからというわけではないが」
水凪は一旦言葉を切って、それからこう続けた。
「千代が俺を迎える巫女であることを知って、それが何になるというのだ? 俺はこれからずっと、この郷に居る。だとしたら大切なのは、そういう役目の巫女であった、というお前の過去より、これからどんな風に俺がこの地を統べていくか、を知った方が良いのではないか?」
千臣に文字を習う件を言っているのだと分かった。確かにそうかもしれないが、千代は、何故自分じゃなければいけなかったのか、ということが知りたいのだ。
「水凪様。この郷は十五年前の飢饉だけやなく、はるかその昔から水が足りず苦しんできたと聞いています。そういう歴史がありながら、何故私が生まれるまで水凪様をお迎え出来へんかったのか、ということが私は疑問なんです。もっと早くに水凪様をお迎えできていれば、十五年前の飢饉も防げたかもしれへん。私の両親も死なずに済んだかもしれへん。何故、私やないとあかんかったんでしょう」
千代が問うと、水凪はぐぐっと黙った。