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神人あやかしが混在した頃のこと。
其処は神が降り立つと言われる郷(さと)だった。村の人々はその村の神社の社に四季を通じて村一番の供え物をした。恩恵は、水。神社は雨を司る龍神を祀っていた。
今日も朝早くから神社に供え物を持ってくる村人が居た。名を瀬楽(せら)と言う、いかづちの郷の村に住む青年だった。
「千代」
瀬楽は和泉の神社の巫女を見つけてそう呼んだ。巫女が竹箒を持ったまま、振り返って笑みを浮かべる。
「瀬楽、早いわね」
「朝露に濡れた花が一番きれいやからね」
春まだ早いこの季節は依然冬の色が濃く、野に咲く花もまばらだ。それでも龍神様に供物を捧げようと、毎日代わる代わる村人が社を訪れる。巫女はにこりと微笑み、神様も喜ばれるわ、と薄く紅を履いた唇でそう言った。
巫女が箒を脇に置き瀬楽と一緒に花を拝殿に供えて、社に向かって二人並んで頭を下げる。今日も一日無事に終わりますように、と瀬楽は祈った。
短い祈りが終わり、立ち上がると巫女も倣って立ち上がる。丁度同じ背丈の二人は、そろって拝殿から辞した。
「もう少しあったかくなって春になったらさ」
瀬楽が言う。巫女は微笑んで瀬楽の言葉を促した。
「桜が咲いたら、また千代の生まれた季節をお祝いしよな」
「ありがとぉ、瀬楽」
瀬楽の言葉にほわりと微笑む巫女は今年で十八。十八になったら神様をお迎えする。だから今年は盛大に祝ってやりたいと瀬楽は思っていた。しかし、微笑んでいた巫女は視線を下に落とす。小石の落ちる道を見つめて何を思うのか、それが瀬良にも分かってしまい、元気づける言葉を探す。
「千代」
「なあに、瀬良」
微笑む巫女はさっきとは一転、全てを諦めたような顔をした。そんな顔を見たくなくて、瀬良は何度も繰り返した言葉を、今日も紡ぐ。
「俺がきっと、神さまの目を覚まさせたる。人間を犠牲にせんとあかん神さまなんて要らん。千代は戻ってきてええんや」
力強く、言う。幼馴染みに言われれば千代もいくらか心が軽くなるのか、弱い笑みを浮かべて、そうやね、とぽつりと言う。
千代は幼い頃から、この郷に神さまをお迎えするための巫女だとして育てられてきた。神さまをお迎えする、ということ自体がどういうことか分からなかった幼い頃の夏の盆のある日、村人が祖母に、自分の親を『迎えて』もらうのだと喜んでいた。それを見かけた千代と瀬良は、子供心の興味半分で祖母たちが入って行った神社の本殿を覗き見た。
部屋の中で、当時、村で唯一の巫女であった祖母が村人を前に座って何かを唱えていたところ、突然体をゆらゆらと揺らしはじめ、その抑揚、表情、喋り方から、到底祖母の言葉とは思えない『誰かの言葉』を発した。
『口寄せ』という行為をした祖母は、姿は祖母だが明らかに違う人だった。祖母の顔と体で、違う人が言葉を紡ぐ。それを村人が涙ながらに聞いている。何を言っているのかは、ちょっとした好奇心で本殿を覗き見てしまった千代たちは、その内容よりも『祖母が何者かにのっとられている』という現象が恐ろしくて、話の内容まで聞かなかった。やがてふぅ、と脱力した祖母が姿勢を正すと、祖母は祖母に戻っていた。