「聞いてよスピカちゃん!」

 花屋で働いている友人曰く、毎朝決まった時間に通り過ぎる人間が居た。遠目から見てもブランド物だろうと見当がつくビジネススーツにビジネスバッグ。元はスポーツをしていたのか、ベリーショートの黒髪でがっちりとした体格の男性。年は二十代後半だろうか。それだけなら大して印象に残らないのだが、花屋だけでなく、この通りの店の誰もが覚えてしまう特徴があった。
 人形である。布製の、幼稚園か保育園に通っている年頃の女の子が持っていそうな少女人形を、腕に大事に抱えている。友人は彼を店先以外で見かけた事はないが、信号待ちの時に話しかけているとか、ファミレスで店員に二人ですと言い切ったとか、単に人形を人形(モノ)として扱っていない事は確からしい。
 正直、不気味な事この上ない。それでも暴れたり騒いだりするなど物理的に有害な行動はほとんど起こさないので、周囲は見ないふりしているようだ。人形の事を揶揄った人間に暴力を振るった事があるらしいが、それは絡んだ方にも非があるだろう。
 そんな、あまりいい意味ではない有名人が、来店した。何と、人形は持っていなかった。相変わらず威圧感たっぷりだが、複数の女性を夢中にさせそうな、キリっとしたイケメンである。

「花束作ってほしいんですけど。誕生日用の」
「か、かしこまりました。メッセージカードのサービスがございますが、ご利用になりますか?」
「はい」

 オレンジバラ。黄色のガーベラ。カスミ草の花。包装紙はラメ入りの白にリボンも花と同じビタミンカラー。派手過ぎず大きすぎず、家に飾りやすいだろう手頃なサイズ。よっぽど花が嫌いか花粉症でない限り、一度くらい貰ってみたいだろう。

「……かのぴっぴか奥さんか知らないけど、毎日人形抱えて出勤してたって知ってんのかなぁ」

 スピカは適度に相槌を打ちながら、今月末は親友の誕生日がある事に思いを馳せる。彼女と音信不通になってから、もう一年が経つ事を。