【限定話】
「時都藍さん! 好きです! 付き合ってください!」
「えっ……」
ある日のこと、私は天宮のある一角で告白された。
ピシッと背筋を伸ばして綺麗に九十度折られた礼にたじろぐ。
「えっと、私、婚約して……」
「知ってます! が! それでも好きなので笹潟様を捨てて俺と付き合ってください!!」
「!?」
私はかなり驚いた。笹潟家は大きな権力を持つ五大名家の一つだ。
(そんな笹潟家の次期当主である架瑚さまを捨てて何も知らない自分と付き合ってほしい……って今言われているんだよね?)
普通にお断りしたい。
だが、相手は本気のようだ。うまく断らなければならない予感がする。
「……わ、私は架瑚さまのことを愛していますので、申し訳ありません」
「存じております! なので二番目でも結構です! 付き合ってください!」
(ええ……)
二番目ってなに、二番目って。
よくわからない。
ひとまず逃げたい。ここから離れたい。
「と、とりあえず時間をくださいませんか? 明日の同時刻にまた来ますので」
「わかりました! では失礼します!」
「は、はぁ……」
そうしてその人は言ってしまった。
残された私は、「どうしよう」と頭を悩ました。
「なるほど。そのようなことがあったのですね」
「はい。この場合、どうすればいいでしょうか」
「そうですねぇ……」
ということで私は綟さまに相談することにした。きっと綟さまならいい解決方法を教えてくださるはず!
特別クラスのみんなに聞くかも悩んだのだが、話が脱線しそうな気がしたのでやめたのだった。
「まず、もう一度藍様がその方と付き合う気がないことをお伝えしましょう。相手の方は藍様の気持ちを十分に理解していないか、天宮生にも関わらず阿呆な馬鹿が混じっている可能性があります」
「な、なるほど……?」
綟さまの口から「阿呆」や「馬鹿」と言った言葉が出るとは思わなかった。
「そして、告白してくださったことに対してのお礼を言うのです。本当の馬鹿だとしたら逆に怒らせてしまうかもしれませんし」
「わ、わかりました」
「うまく別れるためには、相手を怒らせないことが一番です。フラれたけど告白してよかった、と思わせることができたら二度と関わることはないでしょう」
(なるほど……)
私はメモを取る。
すると、綟さまは後ろにいた未玖にお願いした。
「もし相手の方が藍様に危害を加えようとした場合は、未玖様。どうか藍様をお守りください」
「最初からそのつもりだ」
「よろしくお願いします」
「あ、あの、綟さま、このことは架瑚さまには……」
「ふふっ。わかっています。言ったらきっと大変なことになりますものね。約束します。若には言いません」
「ありがとうございます綟さま」
「いえいえ。このくらい平気ですよ」
私は綟さまへの相談を終え、自室に戻った。
だが私は知らなかった。
まさか、架瑚さまが綟さまとの会話を聞いていただなんて……。
そして次の日。
「告白は嬉しかったのですが、昨日もお話ししたように、私はやはりあなたと付き合うことができません。ごめんなさい」
「そんな……」
やんわりと断り、私は立ち去ろうとした。
だがーー。
「……それってどうなんですか?」
「えっ……?」
「身分的には僕の方が藍さんより上です! いくら婚約者が五大名家の次期当主でも、その断り方はどうかと思います! 僕はあなたを愛しているのに! 二番目でもいいって譲っているのに……っ!」
なんだか変だ。だんだんと上から目線になっているような気がする……。
「あなたは僕が思っていたよりもひどい人だ! この僕を怒らせたこと、侮辱したこと、後悔してもらいますよ……!」
え、え、え?
もしかして、報復しようとしてる!?
どうしよう、どこが悪かったんだろう。
なるべく怒らせないようにって思ってたのに……っ。
相手が手を大きく振りかざした。私は思わず目をつぶって、痛いのを覚悟した。……が、痛みはこなかった。
「! 未玖!」
恐る恐る目を開けると、そこには未玖が『想像顕現』で相手を拘束していた。
「黙って聞いていたが、我慢するのはもうやめだ。妾の藍を侮辱し、あげくに逆上して手を上げたな。後悔するのはお前だ」
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「やっ、やめて未玖!」
「っ、藍……?」
未玖は『想像顕現』で攻撃するのを一旦やめた。
「き、傷つけるのはダメだよ……っ」
「すまないが、妾の怒りが収まりそうにない。こいつにはしばし付き合ってもらうことにする」
「私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、それじゃあなんの解決にもならない。意味がないんだよ」
「…………わかった」
未玖は少しの間のあと、意味深に頷いて『想像顕現』を解いた。相手の人は「バケモノだ、バケモノだ!」と言って立ち去った。
私が安堵の息をつくと、未玖が言った。
「……すまないが、少しやらなければいけない用がある」
「未玖?」
「数分の間だが、そばを離れる。またあの馬鹿男が来たら妾の名を呼べ。いいな?」
「う、うん。わかった」
未玖はそう言うとどこかへと行った。
言葉通り、数分もすると未玖は帰ってきたのだが、どこへ行っていたのか、何をしていたのかは教えてくれなかった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「夕夜、綟。手配を」
俺は未玖に事を聞き、その男にことの重大さを知らしめるための準備をした。家に連絡し、脅した後、すぐに天宮から通知が来た。
内容は、一人の男子生徒が自主退学することになったとのことだった。早めに行動してくれたようで助かる。
「……綟」
「なんでしょうか」
「おまえ、黙っていたな」
「本当にこうなるとは思っていなかったのですよ。未玖様がついていらっしゃるから平気だと思っていたのですが……未玖様も藍様ラブなのを忘れていました」
違う、そうじゃない。そこじゃない。
そう言おうと思ったが、結果的に害虫を排除できたので何も言わなかった。
屋敷に帰ってきた藍は普段通りだった。何故今日の出来事を言わないのかと思ったが、心配させたくないのだろうとすぐに理解した。
だがそれは突然にやって来た。
「架瑚さま。あの、少しいいでしょうか」
「っ藍!?」
夜、自室で書き物をしていた時のことだ。
藍がやってきて、俺を手招きした。
「少しお話ししたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
寝巻き姿、夜、俺の部屋の前……。
何度も忠告しているのだが、藍は全て忘れているらしい。俺はまだ理性が保てていたため、「今日は涼しいし外で話そうか」と言って部屋から遠かった。
「それで、話ってなに?」
「え、えっと……」
十中八九、告白のことだろう。
そう、思っていたのだがーー。
「私は架瑚さまのことが好きです……っ!」
「・・・」
全くの予想外な言葉に思考が止まった。
「……えっと、あい、る?」
「私は、架瑚さまの、ことが、好きです」
何故そうなった?という思いが大きい。
嬉しいが、すごく嬉しいが不思議でならない。普段だったら「藍〜っ!!」と思いっきり抱きついてキスするところだが、色々と頭が追いつかなかった。
「……何かあった?」
「っ、えっと、架瑚さまを取られたくないって思いました!」
え、可愛すぎるんだけど。
しかしどうしてそうなった?
「今日、告白されたんですけど、」
ナチュラルに明かすね、まあいいけど。
「架瑚さまは笹潟家の次期当主様ですから、私なんかよりもずっとそういうお話が多いんだろうなって思って」
否定はしない。
実際多かったし、歳の差が大きい人もいた。確実に肩書しか見ていないなと思った。
「その中にはやっぱり私なんかよりも魅力的な女性もいるだろうなって思うと、架瑚さまを取られたくないって思ったんです。あっ、すみません。架瑚さまは誰のものでもないのに……」
藍のものなら喜んで所有物になるよ、と言ったらどうなるかな〜ぐらいで収めた。
きっと可愛い反応をくれるだろうが、「架瑚さまは私のものではありません」の説明が長々と続きそうな予感がした。
「だから、私が架瑚さまのこと好きだって、ちゃんと覚えておいてほしかったんです!」
「……そっか」
「はいっ」
藍の笑顔を見ると、架瑚も自然と頰が緩む。一緒にいて、心地いい。ずっとこんな時間が続いてほしいと思ってしまう。
「俺も、藍のこと好きだよ」
「っ……知ってます」
随分と耐久性がついてきた。
昔だったら顔を赤くしてあわあわしてたことだろう。藍の成長に嬉しくありつつもちょっと残念な気持ちになる。
「……架瑚さま。どうかしましたか?」
「え?」
「元気がないような気がして……」
鋭い。藍が鋭い。
ではここは少し本音を言おうとしよう。
「……俺の方が藍が好きだから」
「え……?」
ではお構いないしに言わせていただこう。
「健気で純粋で一途な藍が好き。笑ってる藍も好きだけど恥ずかしがったり照れたりしてる藍も好き」
「あ、あの、架瑚さま……?」
「人一倍努力してることを俺は知ってるし、誰かのために自分を犠牲にしてまで助けようとすることも知ってる。こっそり綟から料理を教わってることも知ってるし、それが俺のためだってことも知ってる」
「え!? な、なんで知ってるんですか!?」
藍のことは全て知ってるに決まってる。
架瑚は満足そうな、自慢げな表情をした。
「とにかく!」
架瑚の大きな声に少し驚く藍。
架瑚は身を乗り出して言った。
「俺の方が藍のこと好きだから。大好きだから。愛してるから」
(あっ、そういうことか!)
そこで藍は架瑚の言いたいことを理解した。
「架瑚さま」
「はい」
「綟さまとの話、聞いてましたね?」
「!」
バレていないと思っていたのだが、バレてしまった。
藍は未玖が架瑚に告白のことを伝えたことを知らない。
だから綟との会話を聞いたのだと思ったのだ。
それも間違ってはいないので、架瑚は肯定した。
「……ごめん」
だから少し機嫌が悪かったのだと藍は知った。
「もしかして、私が告白を受け入れると思ったり……」
「……悪い?」
(わ〜〜っ!!)
架瑚が照れるのは珍しい。
超絶レアだ。
ちょっと拗ねてるのがまたいい。
藍は心の中で「好き」を連呼する。
「架瑚さま」
「……ん」
「愛してます」
「……知ってる」
「私が好きなのは、今もこれからも架瑚さまです。架瑚さまだけです」
「……ずるすぎ」
「あっ、んっ……」
月に照らされ、二人の影が重なった。
「藍。大好き」
「私もです。架瑚さま」
二人は唇を重ね、優しいキスをした。
「時都藍さん! 好きです! 付き合ってください!」
「えっ……」
ある日のこと、私は天宮のある一角で告白された。
ピシッと背筋を伸ばして綺麗に九十度折られた礼にたじろぐ。
「えっと、私、婚約して……」
「知ってます! が! それでも好きなので笹潟様を捨てて俺と付き合ってください!!」
「!?」
私はかなり驚いた。笹潟家は大きな権力を持つ五大名家の一つだ。
(そんな笹潟家の次期当主である架瑚さまを捨てて何も知らない自分と付き合ってほしい……って今言われているんだよね?)
普通にお断りしたい。
だが、相手は本気のようだ。うまく断らなければならない予感がする。
「……わ、私は架瑚さまのことを愛していますので、申し訳ありません」
「存じております! なので二番目でも結構です! 付き合ってください!」
(ええ……)
二番目ってなに、二番目って。
よくわからない。
ひとまず逃げたい。ここから離れたい。
「と、とりあえず時間をくださいませんか? 明日の同時刻にまた来ますので」
「わかりました! では失礼します!」
「は、はぁ……」
そうしてその人は言ってしまった。
残された私は、「どうしよう」と頭を悩ました。
「なるほど。そのようなことがあったのですね」
「はい。この場合、どうすればいいでしょうか」
「そうですねぇ……」
ということで私は綟さまに相談することにした。きっと綟さまならいい解決方法を教えてくださるはず!
特別クラスのみんなに聞くかも悩んだのだが、話が脱線しそうな気がしたのでやめたのだった。
「まず、もう一度藍様がその方と付き合う気がないことをお伝えしましょう。相手の方は藍様の気持ちを十分に理解していないか、天宮生にも関わらず阿呆な馬鹿が混じっている可能性があります」
「な、なるほど……?」
綟さまの口から「阿呆」や「馬鹿」と言った言葉が出るとは思わなかった。
「そして、告白してくださったことに対してのお礼を言うのです。本当の馬鹿だとしたら逆に怒らせてしまうかもしれませんし」
「わ、わかりました」
「うまく別れるためには、相手を怒らせないことが一番です。フラれたけど告白してよかった、と思わせることができたら二度と関わることはないでしょう」
(なるほど……)
私はメモを取る。
すると、綟さまは後ろにいた未玖にお願いした。
「もし相手の方が藍様に危害を加えようとした場合は、未玖様。どうか藍様をお守りください」
「最初からそのつもりだ」
「よろしくお願いします」
「あ、あの、綟さま、このことは架瑚さまには……」
「ふふっ。わかっています。言ったらきっと大変なことになりますものね。約束します。若には言いません」
「ありがとうございます綟さま」
「いえいえ。このくらい平気ですよ」
私は綟さまへの相談を終え、自室に戻った。
だが私は知らなかった。
まさか、架瑚さまが綟さまとの会話を聞いていただなんて……。
そして次の日。
「告白は嬉しかったのですが、昨日もお話ししたように、私はやはりあなたと付き合うことができません。ごめんなさい」
「そんな……」
やんわりと断り、私は立ち去ろうとした。
だがーー。
「……それってどうなんですか?」
「えっ……?」
「身分的には僕の方が藍さんより上です! いくら婚約者が五大名家の次期当主でも、その断り方はどうかと思います! 僕はあなたを愛しているのに! 二番目でもいいって譲っているのに……っ!」
なんだか変だ。だんだんと上から目線になっているような気がする……。
「あなたは僕が思っていたよりもひどい人だ! この僕を怒らせたこと、侮辱したこと、後悔してもらいますよ……!」
え、え、え?
もしかして、報復しようとしてる!?
どうしよう、どこが悪かったんだろう。
なるべく怒らせないようにって思ってたのに……っ。
相手が手を大きく振りかざした。私は思わず目をつぶって、痛いのを覚悟した。……が、痛みはこなかった。
「! 未玖!」
恐る恐る目を開けると、そこには未玖が『想像顕現』で相手を拘束していた。
「黙って聞いていたが、我慢するのはもうやめだ。妾の藍を侮辱し、あげくに逆上して手を上げたな。後悔するのはお前だ」
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「やっ、やめて未玖!」
「っ、藍……?」
未玖は『想像顕現』で攻撃するのを一旦やめた。
「き、傷つけるのはダメだよ……っ」
「すまないが、妾の怒りが収まりそうにない。こいつにはしばし付き合ってもらうことにする」
「私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、それじゃあなんの解決にもならない。意味がないんだよ」
「…………わかった」
未玖は少しの間のあと、意味深に頷いて『想像顕現』を解いた。相手の人は「バケモノだ、バケモノだ!」と言って立ち去った。
私が安堵の息をつくと、未玖が言った。
「……すまないが、少しやらなければいけない用がある」
「未玖?」
「数分の間だが、そばを離れる。またあの馬鹿男が来たら妾の名を呼べ。いいな?」
「う、うん。わかった」
未玖はそう言うとどこかへと行った。
言葉通り、数分もすると未玖は帰ってきたのだが、どこへ行っていたのか、何をしていたのかは教えてくれなかった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「夕夜、綟。手配を」
俺は未玖に事を聞き、その男にことの重大さを知らしめるための準備をした。家に連絡し、脅した後、すぐに天宮から通知が来た。
内容は、一人の男子生徒が自主退学することになったとのことだった。早めに行動してくれたようで助かる。
「……綟」
「なんでしょうか」
「おまえ、黙っていたな」
「本当にこうなるとは思っていなかったのですよ。未玖様がついていらっしゃるから平気だと思っていたのですが……未玖様も藍様ラブなのを忘れていました」
違う、そうじゃない。そこじゃない。
そう言おうと思ったが、結果的に害虫を排除できたので何も言わなかった。
屋敷に帰ってきた藍は普段通りだった。何故今日の出来事を言わないのかと思ったが、心配させたくないのだろうとすぐに理解した。
だがそれは突然にやって来た。
「架瑚さま。あの、少しいいでしょうか」
「っ藍!?」
夜、自室で書き物をしていた時のことだ。
藍がやってきて、俺を手招きした。
「少しお話ししたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
寝巻き姿、夜、俺の部屋の前……。
何度も忠告しているのだが、藍は全て忘れているらしい。俺はまだ理性が保てていたため、「今日は涼しいし外で話そうか」と言って部屋から遠かった。
「それで、話ってなに?」
「え、えっと……」
十中八九、告白のことだろう。
そう、思っていたのだがーー。
「私は架瑚さまのことが好きです……っ!」
「・・・」
全くの予想外な言葉に思考が止まった。
「……えっと、あい、る?」
「私は、架瑚さまの、ことが、好きです」
何故そうなった?という思いが大きい。
嬉しいが、すごく嬉しいが不思議でならない。普段だったら「藍〜っ!!」と思いっきり抱きついてキスするところだが、色々と頭が追いつかなかった。
「……何かあった?」
「っ、えっと、架瑚さまを取られたくないって思いました!」
え、可愛すぎるんだけど。
しかしどうしてそうなった?
「今日、告白されたんですけど、」
ナチュラルに明かすね、まあいいけど。
「架瑚さまは笹潟家の次期当主様ですから、私なんかよりもずっとそういうお話が多いんだろうなって思って」
否定はしない。
実際多かったし、歳の差が大きい人もいた。確実に肩書しか見ていないなと思った。
「その中にはやっぱり私なんかよりも魅力的な女性もいるだろうなって思うと、架瑚さまを取られたくないって思ったんです。あっ、すみません。架瑚さまは誰のものでもないのに……」
藍のものなら喜んで所有物になるよ、と言ったらどうなるかな〜ぐらいで収めた。
きっと可愛い反応をくれるだろうが、「架瑚さまは私のものではありません」の説明が長々と続きそうな予感がした。
「だから、私が架瑚さまのこと好きだって、ちゃんと覚えておいてほしかったんです!」
「……そっか」
「はいっ」
藍の笑顔を見ると、架瑚も自然と頰が緩む。一緒にいて、心地いい。ずっとこんな時間が続いてほしいと思ってしまう。
「俺も、藍のこと好きだよ」
「っ……知ってます」
随分と耐久性がついてきた。
昔だったら顔を赤くしてあわあわしてたことだろう。藍の成長に嬉しくありつつもちょっと残念な気持ちになる。
「……架瑚さま。どうかしましたか?」
「え?」
「元気がないような気がして……」
鋭い。藍が鋭い。
ではここは少し本音を言おうとしよう。
「……俺の方が藍が好きだから」
「え……?」
ではお構いないしに言わせていただこう。
「健気で純粋で一途な藍が好き。笑ってる藍も好きだけど恥ずかしがったり照れたりしてる藍も好き」
「あ、あの、架瑚さま……?」
「人一倍努力してることを俺は知ってるし、誰かのために自分を犠牲にしてまで助けようとすることも知ってる。こっそり綟から料理を教わってることも知ってるし、それが俺のためだってことも知ってる」
「え!? な、なんで知ってるんですか!?」
藍のことは全て知ってるに決まってる。
架瑚は満足そうな、自慢げな表情をした。
「とにかく!」
架瑚の大きな声に少し驚く藍。
架瑚は身を乗り出して言った。
「俺の方が藍のこと好きだから。大好きだから。愛してるから」
(あっ、そういうことか!)
そこで藍は架瑚の言いたいことを理解した。
「架瑚さま」
「はい」
「綟さまとの話、聞いてましたね?」
「!」
バレていないと思っていたのだが、バレてしまった。
藍は未玖が架瑚に告白のことを伝えたことを知らない。
だから綟との会話を聞いたのだと思ったのだ。
それも間違ってはいないので、架瑚は肯定した。
「……ごめん」
だから少し機嫌が悪かったのだと藍は知った。
「もしかして、私が告白を受け入れると思ったり……」
「……悪い?」
(わ〜〜っ!!)
架瑚が照れるのは珍しい。
超絶レアだ。
ちょっと拗ねてるのがまたいい。
藍は心の中で「好き」を連呼する。
「架瑚さま」
「……ん」
「愛してます」
「……知ってる」
「私が好きなのは、今もこれからも架瑚さまです。架瑚さまだけです」
「……ずるすぎ」
「あっ、んっ……」
月に照らされ、二人の影が重なった。
「藍。大好き」
「私もです。架瑚さま」
二人は唇を重ね、優しいキスをした。