今年の春蘭祭こそ一人で楽しみたい。そんな俺の願いが叶うとは思えない。なぜなら俺には双子の兄がいるからだ。
「あそこ行こうぜ隼人!」
「いや、あっちの方が楽しそうだろ。お前もそう思うだろ? 嵐真」
「どうでもいいよ……」
青雲隼人。青雲海斗。それが俺の双子の兄の名前だ。隼人も海斗も瓜二つ。双子だとすぐにわかる。そして外見だけでなく、二人は性格も似ている。ものすごく似ている。特に趣味。二人の趣味は俺をいじることだ。
「お前もっと食べろよ。咲音を守れねえぞ?」
「海斗の言うとーり! ほーら食え食え。今日に限り、兄ちゃんたちが奢ってやろう!」
「気持ちだけ受け取るよ……」
そうでなければあとで「前に奢った分、付き合えーっ!」とか言って俺をどこかしらに連れ回すのだ。奢りや貸しは作らない方が賢明である。この二人なら尚更だ。
「で? ででで?? 咲音とはどうなんだよ嵐真〜」
「隼人の言うとーり! 兄ちゃんたちはお前と咲音の恋路が気になるんだよっ」
「〜〜っ、ていうか、隼人の兄貴はわかるけど、海斗の兄貴はなんでいるんだよ!? 今日は仕事で来れないんじゃなかったのかよ」
「…………」
こうして強引に話を逸さなければ二人から逃れられないことを嵐真はよく知っている。ものすごく知っている。過去の経験は活きている。
「黙ってるけど、どうなんだ?」
「……シゴト、ハ、アル」
何故片言?と言いたい気持ちは抑える。ここで聞けば話が脱線し、面倒なことになる。
「そう言うなよ嵐真! 海斗は弟思いの優しい奴だから仕事をサボって来てるんだ!」
「弟思いでも仕事サボるのはダメだろ、普通に。しかも今回のは主上からのなんじゃなかったのか? バレたら叱られるだけで済むとは思わないぞ」
正論に黙る兄貴たち。
「……隼人」
「なんだ海斗よ」
「お前に俺の分まで嵐真の写真を撮るのと一緒に過ごす時間を託す」
「! いいのか海斗!?」
「このくらい……っ嵐真に応援されていると思えば俺はなんとかなる……と思いたいんだ……!」
「海斗……!」
「隼人……!」
(なにこの会話)
無駄に熱く気持ち悪い会話に(精神的)吐き気がする。何故しっかりしてるのが兄、姉の座に君臨する奴のはずなのに、俺の兄は二人揃って変人駄目人間なのだろう。
しかし五大名家の者は揃いも揃って個性派&仕事のできる癖強な人間ばかりだ。
笹潟の架瑚の兄貴はあいるんラブ。
赤羽の暁の兄貴は隠れ咲音推し。
煌月の綺更は(他人の)色恋好き。
白椿の依世は引きこもり天才児。
そしてうち、青雲の双子兄貴は謎のブラコン?である。
こう見ると才能はあるのに人としてどうな……あ、いや、えっと、かなりの癖者揃いなのだ。
俺はまともな人間だと思いたい。
「あーあ、嵐真のせいで海斗が言ってしまったよ」
「感謝してほしいぐらいなんだが」
「冷たいなぁ……」
そう隼人は言うが、本来青雲家は冷静沈着な落ち着いている人がよく生まれるはずなのだ。おかしくなったのは兄貴の代から。もんのすごく元気でもんのすごくヤンチャな兄貴たちに、青雲家は困惑したらしい。
「……で、咲音とはどうなんだ」
(終わってなかった……)
回避したと思っていたが、残念なことに無駄なことに記憶力を発揮する隼人からは逃げられなかった。
「どうなんだよどうなんだよどうなんだよ」
(しつこいんだよなぁ、隼人は)
隼人に肩を掴まれ前後に揺らされる。海斗がいれば二倍の揺れが起こったことだろう。それよりはマシである。
「〜〜わかったわかった」
「お! どうなんだ!?」
「咲音とは……」
「咲音とは……?」
俺は究極の回答をした。
「普通」
そう、普通である。
もちろん嘘をついているとは思っていない。実際本当のことだし。
進展などない。感情も、関係も。
「……ふっざけんなよ!!」
「っ!」
そんな俺の態度に隼人が叫んだ。
「そんなにつまらない関係だったのかよ、お前らは!!」
「いや、つまらないもなにもねぇだろ!!」
謎の叫びに俺は全力で突っ込む。
てか、つまらない関係ってなんだよ。どんな関係だよ。隼人に感化されておかしくなってないだろうか、俺。平気だよな?
「お前、男だろ」
「だったらなんだよ」
「ヘタレなお前は男じゃない」
「前言と矛盾してるぞ、隼人」
「うるさい嵐真」
とにかく、と隼人は続けた。
「咲音のこと、愛しているなら言動にもっと表せ。それが嫌なら、」
「嫌なら?」
「贈り物のひとつぐらいしろ」
「贈り物……」
(……毎日一緒にいるのに?)
だがそんなことは関係ないらしい。
隼人いわく、愛とは相手を想うこと。相手のことを考え、行動することが愛なのだという。
「好きなら好きと言う。愛しているなら愛していると言う。気持ちは言葉にしないとわからないんだ。自分の想いを伝えろ。ぶつけるぐらいの勢いがいい」
最後の言葉は参考にしないことにするが、気持ちを言葉にする重要性は理解できた。
「じゃ、俺はもう時間だから行くな」
「なんか予定あったか? 隼人」
「俺も色々あるんだよ、あっ、写真のことは気にするな。もうすでに何枚も撮ってある。またあとでな!!」
(いつの間に……。そして相変わらず足速いな)
はぁ、と大きいため息をつく。
やっとうるさいのがいなくなった。
『贈り物のひとつぐらいしろ』
(……うるさい)
隼人の言葉が耳に残る。
(そんなこと、隼人に言われなくてもわかってる)
だが、どんなものを渡したら咲音が喜んでくれるか、わからない。
そんな時、俺の視界にあるものが入った。
「…………」
赤いシュシュだ。黒の白のチェック模様が入った、使い勝手の良さそうな。咲音はよく髪を結んでいる。日常的に使えるかもしれない。
『贈り物のひとつぐらいしろ』
「……これ、ください」
勢いで買ったシュシュ。
店員が微笑ましそうに見ていたのが少し恥ずかしかった。髪の短い男が使うようなものじゃないため、自然と贈り物だとバレる。
咲音は、喜んでくれるだろうか。
贈り物なんて、したことがない。
咲音はもちろん、兄貴や両親にも。
だからこそ、喜んでくれるか不安で仕方ない。
(…………でも)
それでも、もしかしたらって思うと、頬が緩む。自然と笑顔になる。咲音の笑顔が、好きだから。
「やば、交代の時間もうすぐだ。急がないと」
俺は急いで駆け出した。
咲音の待つ、特別クラスへ行くために。