架瑚の婚約者である藍と、綟の弟である夕夜が在籍していることなどを理由に、夕夜と綟も天宮の春蘭祭にやって来た。あたりは賑わいを見せており、盛況だ。
夕夜は架瑚と妹の夕莉と特別クラスの出し物である“喫茶アイラ”に行った後、綟と待ち合わせをしていた。
「お待たせしました、夕夜」
綟が現れたのは夕夜が待ち合わせ場所に行ってから数分後のことだった。綟の弟と妹である紘杜と絺雪が一緒にやってくる。第三者から見れば、親子と間違えられるかもしれない。
「俺も今来たところだ。……久しぶりだな、紘杜、絺雪」
「ゆうにぃひさしぶり!」
「ひさ、しぶり」
まだ幼い二人に、夕夜は自然と頰が緩む。
「どこか行きたいところ、あるか?」
「ちーちゃんといっしょならどこでもいいぞ、おれは。ちーちゃん、どこいきたい?」
「……あそこ」
絺雪が指さしたのは、子供用の預かり所だった。見ると、紘杜と絺雪と同じような年代の子供が遊んでいる。
「絺雪、あそこに行きたいの?」
綟が尋ねると、絺雪はこくりと頷いた。
綟と夕夜は顔を見合わせる。
せっかくの春蘭祭。二人には楽しんでもらいたいが、二人がそれを望むならそれもありだと思った。
「わかったわ。じゃあ、あそこに行きましょうか」
手続きをし、二人を預かり所入れる。
すると、紘杜が夕夜に耳打ちした。
「ねーちゃんとたのしめよ、ゆうにぃ」
「!」
もしかして、夕夜と綟が二人きりの時間を過ごすために?なんて考えるが、小学生にもなっていない幼児がそこまで気にするとは思えなかった。
「……じゃあ、行きますか?」
「行くか」
こうして始まった久方ぶりの春蘭祭。
初めに入ったのは服のレンタルをしている店だった。すぐに断るも、「無料です!」とキラキラした目で言われ、押され、綟の一言もあり、二人は着替えることになった。
珍しいラフな私服姿から一変、二人は天宮の制服を渡され、着替えた。
「……懐かしいな。綟の制服姿は久しぶりだ」
「そうですね。また制服を着るだなんて、思ってもいませんでした」
二人が着たのは天宮の旧制服のセーラー服と学ランだ。卒業して二年、久しぶりの制服に懐かしさを覚える。
「ふふっ」
「どうした」
「いえ、初めて夕夜に会った時のことを思い出しまして……」
「えっ!? ……どんな感じだったんだ?」
「意外です。夕夜が知りたいだなんて」
「わ、悪いかよ」
照れる夕夜に微笑む綟。
「そうですねぇ……。若と従兄弟というのは知っていましたから、不憫な方だと思っていました。けれどそうではないと知って、本当の夕夜がわかるようになった、というところでしょうか」
「ほ、本当の俺ってなんだよ」
「ん。じゃあ、あそこに行ったら教えますね」
綟が指さしたのは、お化け屋敷だった。
古びて暗い、お化け屋敷。
「……綟」
「はい。なんでしょう」
「今夜、覚悟しておけよ」
「あらあら。夕夜からそんな言葉が聞けるだなんて……」
随分と綟は余裕そうだ。
その一方、夕夜は怯えている。
夕夜はお化けなどの類いが苦手なのだった。
「さあ行きましょう、夕夜」
「〜〜っ、わ、わかった」
かくして二人はお化け屋敷に入るのだった。
冷気が纏わりつき、暗く怪しい雰囲気が漂う。ぶるぶると震える夕夜を綟はからかう。
「怖いんですか? 夕夜」
「う、うるさい」
「ふふ、すみません夕夜。普段堂々としている夕夜のギャップが可愛らしくて……ふふ」
「わ、笑うな!」
「すみません、すみません」
綟は謝るも、反省の色を見せない。それが恥ずかしく、腹立たしく、だが口喧嘩で勝てる相手ではないと知っているので何も言えない。
「ひっ……うぅわっ……あっ……」
怖がる夕夜。全くお化け屋敷のお化け役や仕掛けは怖くないのに怖がる夕夜を見ていると、すごく面白く思えてくる。
綟はニヤニヤが止まらない。珍しい夕夜の姿が面白いのだ。
「手、つなぎます?」
「はっ!? なに言って……」
「怖いんでしょ? なら、つないだほうがいいのでは?」
「こ、怖くなんか……!」
「震えてますよ?」
「〜〜っ」
綟はくすくすと笑うと、夕夜を下からのぞいて約束した。
「大丈夫です。何かあったら私が守りますから」
「っ……!」
こうして綟に遊ばれるも、夕夜はなんとかお化け屋敷を乗り切ることができた。
「こ、怖かったぁ……」
「やっぱり怖かったんですね」
「あっ、やっ、ちがっ、これは……!」
「別に隠すことなどないのに……。では、お待ちかねの本当の夕夜について教えますね。ですが先に行っておきますけれど……後悔、しないでくださいね?」
「はぁ……?」
綟の言葉の意味がわからず疑問符を浮かべる夕夜。綟は髪を耳にかけて夕夜の耳元に近づき、こう囁いた。
「怖くても頑張る人です」
「……、…………? ……! ……〜〜っ!!!」
数秒ののち、意味を理解した夕夜は赤面する。綟はまたくすくすと笑い、夕夜はまた恥ずかしそうにする。
綟との距離が屋敷以外で急激に近くなったことと、綟の一言が原因だ。恥ずかしくて死んだ方がマシだと夕夜は思った。羞恥心が襲う。
「そんなに気にしなくても平気ですよ」
「俺は平気じゃない」
「それは申し訳ございません。けれど、これだけは忘れないでくださいね」
綟はそう言うと、夕夜に口付けをし、不敵にこう言うのだった。
「私はどんな夕夜でも愛してますから」
「〜〜〜〜っ、絶対今夜泣かすからな」
「ふふっ、楽しみです。ですが、公の場で言うことではないかと」
「あっ、〜〜っ、くそっ」
上手くいかず煩う夕夜。
そんな夕夜が大好きな綟。
先輩夫婦は今日もこっそりイチャイチャするのだった。