【番外編】
「藍!」
「っ!?」
(え? な、なんで、架瑚さまがいるの?)
朝起きて、着替えて、ふすまを開けると、目の前に架瑚さまがいた。
ものすごくびっくりした。
「お誕生日、おめでとう!」
「……え? あ」
この日は私の誕生日だった。
なんと、架瑚さまは一番に私に「おめでとう」を言うために朝早くから待っていたらしい。
申し訳ない……。
「さぁ行こう!」
「あの、どこへ?」
「帝都へ!」
何も聞いていない。
まだなにも朝ごはんも食べていないのに。
張り切る架瑚さまになんと言えばいいのかわからなくてオロオロしていると、架瑚さまの背後から綟さまがやって来た。
「わ・か?」
「っ!!? 綟か。びっくりした」
「藍様がお困りです。急に帝都に行くと言われても困るのは当たり前です。支度は私が行いますので、準備が出来次第若にお伝えします。なので若はゆっくりお待ちください」
「いや、俺も」
「ゆっくり、お待ちください」
「だから、俺」
「ゆっくり、していてくださいね?」
「……はい」
つ、強い。さすが綟さま。ありがたい。
架瑚さまを半強制的に追い出すと、綟さまはくるりと私の方を向いた。
「おはようございます、藍様。そしておめでとうございます。十七歳の誕生日ですね。今日は若と素敵な時間をお過ごしください。あ、若のことはご心配なく。今日のために仕事を詰め込みましたので」
ニコニコとして言っているが、それはかなり辛かったのでは?
まあ、大丈夫だろう。うん。多分、きっと、おそらく。
「本日はどのようなお着物にいたしましょう。何か、ご希望はありますか?」
「そうですね……」
その時、私はある物を思い出した。壊れないよう、大事にしまっておいた大切なものを。
「これ、付けたいです……!」
「! それは……」
弥生に架瑚さまからもらった桃の花の簪だ。キラキラと輝いている。
「これに合うお着物がいいです!」
「わかりました」
支度を終え、軽く朝食をいただき、私は架瑚さまのもとへ向かった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「お待たせしました、架瑚さま」
「!」
桃の花の上衣。漆黒の袴。軽く結われた黒髪。そして、そこに君臨する俺のあげた一本の簪。全てが愛らしく、ふんわりとした雰囲気に仕上がっている。
藍はやっぱり可愛かった。
「似合ってる」
「! ありがとうございます」
藍がチラチラと俺の反応を気にしている。簪のことを言ってほしいのだろうか。仕草からそのことがわかる。そんな藍を見ると、幸せな気持ちで満たされる。
「簪、付けてくれたんだ」
「はいっ!」
「嬉しいな」
喜んでいる姿が見れて。
そう言うと、藍は若干赤面した。照れているのだろうか。いや、恥ずかしがっているのだろう。簪一つに喜んだことを気にしているのかもしれない。
恥ずかしいことなどではない。むしろ俺はそういう藍が見れて小さくガッツポーズしているぐらいだ。
綟の方を見ると、自慢げな顔をしていた。数日の間は綟の言いなりになりそうである。
そんな綟の後ろに夕夜がいた。早く行けと言わんばかりの表情である。俺と藍のイチャイチャを嫌っているからだろう。
だが俺は知っている。夕夜が邪険にする理由はそれだけではない。夕夜は早く綟と二人きりになりたいのだ。
相性の良い二人は昔からよく一緒にいた。綟は途中から特別クラスの生徒になったし、俺の従者になったので、二人は先輩と後輩のようなものなのだ。
夜にこっそり蜜月を過ごしているのを知っている。あの二人がああいうことをするようになるとは想像もしていなかったが、夫婦ならば当然とも言える。
まだあの二人には新婚旅行の休暇を与えていない。俺と藍の新婚旅行と一緒に始めればうまくいくだろう。もう少し待ってもらうことにした。
「行こうか、藍」
「はい。架瑚さま」
俺は幸せな時間を過ごすことにした。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「どこか行きたいところはある?」
私が指定したのは、呉服屋だった。
陽奈さんの営む呉服屋は、どれも素敵なものがたくさんあり、目が奪われる。この桃の花の簪や、私が架瑚さまへの贈り物として作った手巾の生地はここで買った。
非常に思い入れのある場所である。
「いらっしゃいませ」
「お久しぶりです、陽奈さん」
「あら、藍様! お久しぶりです」
「陽奈。藍はここで少し見たいらしい。案内してほしい」
「かしこまりました」
陽奈さんに案内され、私は商品を見ていく。
「わあ……! これはどのようなものなのですか?」
「さすが藍様、お目が高い。それは最近異国から輸入した装飾品でございまして、ピアスと呼ばれる耳飾りです」
「どうやってつけるのですか?」
「耳に小さな穴を開けて入れるそうですよ」
「えっ!? 痛そう……」
「ふふっ、とても痛いですが、お洒落のために頑張る女性が多いのですよ」
「お洒落のため……。私には無理そうです」
「そんな方のために、穴を開けなくても使えるものがございますよ。イヤリングと呼ばれております」
「へぇ……異国は面白いですね」
痛いのは苦手なのでご遠慮させていただくが、異国には前から興味がある。装飾系以外にもたくさん輸入されているらしく、食べ物もあるのだとか。
機会があれば異国に行ったり、異国の人と話してみたりしたいなぁ。
「藍様は今度、天宮に編入されるとお聞きしました。本当ですか?」
「はい」
異能を学びに、天宮への編入が決まった。
「でしたら、制服には驚かれたのではないでしょうか。あそこは異国をいち早く取り入れておりますから。数年前に制服がセーラー服からブラザーやワンピースに変わったと聞きました」
「そうなんですか? とても楽しみです」
そんな会話をしていると、あるものが目に留まる。
「これ、素敵ですね」
私が手にしたのは組紐だ。桜色と紫色、雪色の紐が精緻に編み込まれている。
「組紐は様々な用途で使用できますから、何本あっても困りませんよね。その色、藍様にとてもお似合いです」
「……これ、ください」
「かしこまりました」
「じゃあこれも」
すると、架瑚さまが後ろからひょこっと現れ、陽奈さんに組紐を渡した。
「架瑚さま?」
「俺もほしい。藍とおそろいがいい」
架瑚さまが選んだのは藍色と翠色、同じ雪色の組紐だった。色違いである。
「藍の色が入ってる。気に入った。いま頂戴、陽奈」
「承知しました」
架瑚さまが代金を払い、陽奈さんから組紐を受け取った。そして、私の手首に優しく組紐を付けた。
「ありがとうございます、架瑚さま」
「どういたしまして。俺にもつけてくれる?」
「もちろんです」
架瑚さまの手に、同じように組紐を結ぶ。架瑚さまは組紐を見ると、ふっと微笑んだ。
「おそろいって、なんかいいね」
「っ!」
架瑚さまの笑みに、私は少しドキッとしてしまった。
「お腹空いてきたし、お昼にしよっか。なに食べたい?」
「架瑚さまのおすすめ……はありますか?」
「俺の? そうだな、ナポリタンなんてどうだ? 美味しいぞ」
「ナポリタン……?」
ナポリタンは最近異国から入ったうどんとは違った麺をケチャップで炒めた料理らしい。ピーマンやソーセージ、玉ねぎなどが入っているらしく、美味しいらしい。
実際に食べてみる。
「! 優しい味ですね」
「あぁ」
さほど濃くはなく、優しい薄味だ。とても美味しい。綟さまは作り方を知っているだろうか。知っているなら、今度自分で作ってみたい。
「藍」
「はい」
「美味しい?」
「! もちろんです」
「そう。よかった」
架瑚さまのお皿を見ると、綺麗に食べ終わっていた。
「す、すみません。食べるの遅くて」
「気にしないで」
「で、ですが……」
申し訳ない。待たせてしまっている。
「……藍」
「っはい!」
大きな声が出てしまった。
「俺は、藍が嬉しそうに食べているのを見るのが好きだから、大丈夫だよ? むしろ、ゆっくり食べてほしい」
「本当ですか?」
「あぁ。本当だよ」
柔和な笑みで、私は安心することができた。
お屋敷に帰り、豪華な夕食を食べ、部屋に戻った。
「……楽しかったなぁ」
布団の上に寝転がって、ポツリと呟く。あっという間に終わってしまった。少し寂しい。よいしょと起き上がり、箪笥を開けた。桃の花の簪と、今日買ってもらった組紐が入っている。
架瑚さまと出会ってから、色々なことがあって、私には宝物ができた。全部、架瑚さまのおかげだ。架瑚さまと出会わなければ、私はどうなっていたのだろう。
そう考えると、少し怖くなった。
「あれ……?」
机の上に、見覚えのない紙が置いてあった。お風呂に行く時にはなかった。なんだろうか。開いてみると、これは手紙だと知った。丁寧な文字で書かれている。誰からだろう。
ーーー
藍へ
十七歳の誕生日、おめでとう。
藍の笑顔と優しさが、俺の支えだ。
いつもそばにいてくれて、ありがとう。
藍と出会って、そして失って、俺は藍がこの世で一番愛おしく、離れたくない存在だと知った。愛してるんだって知った。
だから何があっても俺は藍を手放さないし、守り続ける。約束する。
もう一度言わせて。
十七歳の誕生日、おめでとう。
ーーー
この文字は架瑚さまのだ。
嬉しさが広がっていくのを感じる。
すごく幸せだな、と思う。
手紙も箪笥に入れようとした時、私は裏に何か書いてあるのが見えた。
ーーー
追記:
今以上にイチャラブする予定だから覚悟しておいてね。俺の愛はまだまだ伝えきれてないから。
ーーー
が、頑張らないとなぁ……。
だけど、少し楽しみでもあるのだった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
その頃架瑚は夕夜の部屋にいた。
夕夜と酒を交わして話している。
最初の一杯を飲むと、夕夜は架瑚に尋ねた。
「いいのか? 架瑚」
「なにが?」
「時都妹のことだよ。一緒に過ごさなくて」
夕夜の疑問は尤もである。架瑚が藍の誕生日に何故夜にわざわざ夕夜と晩酌をする必要があるのか。
てっきり襲いに行くのだと考えていた夕夜には信じられなかった。
「……俺をなんだと思ってるんだよ」
「好きな女に時や場所を考えずにスキンシップを繰り返す破廉恥な子供」
「破廉恥な、と子供は否定するがそれ以外は肯定しよう」
「自覚していたのか。初耳だ」
「これ以上は夕夜でも許さないからな?」
「そうなったら綟に加勢してもらう」
「……わかったよ」
権力的には『架瑚〉夕夜・綟』だが実際は『綟〉架瑚・夕夜』である。
「……結婚するまでは我慢するつもりだ」
「我慢ねぇ……」
夕夜がまた一口飲む。
「既成事実でも作ってできちゃった婚するつもりなのかと思っていたが、そのへんはさすがに理解してるか」
「いや、できちゃった婚はアリだと思うが、それじゃあ二人きりの時間があまり作れないだろ? 選択肢としてはあるけどな」
「あるのかよ。やめとけよ?」
「わかってる」
結婚に関しては先輩の夕夜からの助言は受け取っておく。
「綟とはゆっくりできたか?」
「おかげさまで。羨ましいか?」
「……正直に言えば」
「結婚してるかしてないかは大きいからな」
「やっぱそうだよなぁ……」
わかる人にはわかる会話をする二人。するとふすまが開き、綟がやって来た。
「話し声が聞こえると思ったら、やはり若でしたか。藍様のところには行かなくてよろしいのですか?」
「夕夜と同じことを聞くな」
「それは申し訳ございませんでした。……私も混じってよろしいでしょうか?」
「いいぞ」
「ありがとうございます」
「ただし、」
「なんでしょう」
「綟も付き合え」
「承知しました」
綟も一杯飲む。
「久しぶりに昔の話でもしますか?」
「いいな」
「するか」
久方ぶりの三人の夜。
今だけは主従ではなく同級生としての時間が過ぎていくのだった。
「藍!」
「っ!?」
(え? な、なんで、架瑚さまがいるの?)
朝起きて、着替えて、ふすまを開けると、目の前に架瑚さまがいた。
ものすごくびっくりした。
「お誕生日、おめでとう!」
「……え? あ」
この日は私の誕生日だった。
なんと、架瑚さまは一番に私に「おめでとう」を言うために朝早くから待っていたらしい。
申し訳ない……。
「さぁ行こう!」
「あの、どこへ?」
「帝都へ!」
何も聞いていない。
まだなにも朝ごはんも食べていないのに。
張り切る架瑚さまになんと言えばいいのかわからなくてオロオロしていると、架瑚さまの背後から綟さまがやって来た。
「わ・か?」
「っ!!? 綟か。びっくりした」
「藍様がお困りです。急に帝都に行くと言われても困るのは当たり前です。支度は私が行いますので、準備が出来次第若にお伝えします。なので若はゆっくりお待ちください」
「いや、俺も」
「ゆっくり、お待ちください」
「だから、俺」
「ゆっくり、していてくださいね?」
「……はい」
つ、強い。さすが綟さま。ありがたい。
架瑚さまを半強制的に追い出すと、綟さまはくるりと私の方を向いた。
「おはようございます、藍様。そしておめでとうございます。十七歳の誕生日ですね。今日は若と素敵な時間をお過ごしください。あ、若のことはご心配なく。今日のために仕事を詰め込みましたので」
ニコニコとして言っているが、それはかなり辛かったのでは?
まあ、大丈夫だろう。うん。多分、きっと、おそらく。
「本日はどのようなお着物にいたしましょう。何か、ご希望はありますか?」
「そうですね……」
その時、私はある物を思い出した。壊れないよう、大事にしまっておいた大切なものを。
「これ、付けたいです……!」
「! それは……」
弥生に架瑚さまからもらった桃の花の簪だ。キラキラと輝いている。
「これに合うお着物がいいです!」
「わかりました」
支度を終え、軽く朝食をいただき、私は架瑚さまのもとへ向かった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「お待たせしました、架瑚さま」
「!」
桃の花の上衣。漆黒の袴。軽く結われた黒髪。そして、そこに君臨する俺のあげた一本の簪。全てが愛らしく、ふんわりとした雰囲気に仕上がっている。
藍はやっぱり可愛かった。
「似合ってる」
「! ありがとうございます」
藍がチラチラと俺の反応を気にしている。簪のことを言ってほしいのだろうか。仕草からそのことがわかる。そんな藍を見ると、幸せな気持ちで満たされる。
「簪、付けてくれたんだ」
「はいっ!」
「嬉しいな」
喜んでいる姿が見れて。
そう言うと、藍は若干赤面した。照れているのだろうか。いや、恥ずかしがっているのだろう。簪一つに喜んだことを気にしているのかもしれない。
恥ずかしいことなどではない。むしろ俺はそういう藍が見れて小さくガッツポーズしているぐらいだ。
綟の方を見ると、自慢げな顔をしていた。数日の間は綟の言いなりになりそうである。
そんな綟の後ろに夕夜がいた。早く行けと言わんばかりの表情である。俺と藍のイチャイチャを嫌っているからだろう。
だが俺は知っている。夕夜が邪険にする理由はそれだけではない。夕夜は早く綟と二人きりになりたいのだ。
相性の良い二人は昔からよく一緒にいた。綟は途中から特別クラスの生徒になったし、俺の従者になったので、二人は先輩と後輩のようなものなのだ。
夜にこっそり蜜月を過ごしているのを知っている。あの二人がああいうことをするようになるとは想像もしていなかったが、夫婦ならば当然とも言える。
まだあの二人には新婚旅行の休暇を与えていない。俺と藍の新婚旅行と一緒に始めればうまくいくだろう。もう少し待ってもらうことにした。
「行こうか、藍」
「はい。架瑚さま」
俺は幸せな時間を過ごすことにした。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「どこか行きたいところはある?」
私が指定したのは、呉服屋だった。
陽奈さんの営む呉服屋は、どれも素敵なものがたくさんあり、目が奪われる。この桃の花の簪や、私が架瑚さまへの贈り物として作った手巾の生地はここで買った。
非常に思い入れのある場所である。
「いらっしゃいませ」
「お久しぶりです、陽奈さん」
「あら、藍様! お久しぶりです」
「陽奈。藍はここで少し見たいらしい。案内してほしい」
「かしこまりました」
陽奈さんに案内され、私は商品を見ていく。
「わあ……! これはどのようなものなのですか?」
「さすが藍様、お目が高い。それは最近異国から輸入した装飾品でございまして、ピアスと呼ばれる耳飾りです」
「どうやってつけるのですか?」
「耳に小さな穴を開けて入れるそうですよ」
「えっ!? 痛そう……」
「ふふっ、とても痛いですが、お洒落のために頑張る女性が多いのですよ」
「お洒落のため……。私には無理そうです」
「そんな方のために、穴を開けなくても使えるものがございますよ。イヤリングと呼ばれております」
「へぇ……異国は面白いですね」
痛いのは苦手なのでご遠慮させていただくが、異国には前から興味がある。装飾系以外にもたくさん輸入されているらしく、食べ物もあるのだとか。
機会があれば異国に行ったり、異国の人と話してみたりしたいなぁ。
「藍様は今度、天宮に編入されるとお聞きしました。本当ですか?」
「はい」
異能を学びに、天宮への編入が決まった。
「でしたら、制服には驚かれたのではないでしょうか。あそこは異国をいち早く取り入れておりますから。数年前に制服がセーラー服からブラザーやワンピースに変わったと聞きました」
「そうなんですか? とても楽しみです」
そんな会話をしていると、あるものが目に留まる。
「これ、素敵ですね」
私が手にしたのは組紐だ。桜色と紫色、雪色の紐が精緻に編み込まれている。
「組紐は様々な用途で使用できますから、何本あっても困りませんよね。その色、藍様にとてもお似合いです」
「……これ、ください」
「かしこまりました」
「じゃあこれも」
すると、架瑚さまが後ろからひょこっと現れ、陽奈さんに組紐を渡した。
「架瑚さま?」
「俺もほしい。藍とおそろいがいい」
架瑚さまが選んだのは藍色と翠色、同じ雪色の組紐だった。色違いである。
「藍の色が入ってる。気に入った。いま頂戴、陽奈」
「承知しました」
架瑚さまが代金を払い、陽奈さんから組紐を受け取った。そして、私の手首に優しく組紐を付けた。
「ありがとうございます、架瑚さま」
「どういたしまして。俺にもつけてくれる?」
「もちろんです」
架瑚さまの手に、同じように組紐を結ぶ。架瑚さまは組紐を見ると、ふっと微笑んだ。
「おそろいって、なんかいいね」
「っ!」
架瑚さまの笑みに、私は少しドキッとしてしまった。
「お腹空いてきたし、お昼にしよっか。なに食べたい?」
「架瑚さまのおすすめ……はありますか?」
「俺の? そうだな、ナポリタンなんてどうだ? 美味しいぞ」
「ナポリタン……?」
ナポリタンは最近異国から入ったうどんとは違った麺をケチャップで炒めた料理らしい。ピーマンやソーセージ、玉ねぎなどが入っているらしく、美味しいらしい。
実際に食べてみる。
「! 優しい味ですね」
「あぁ」
さほど濃くはなく、優しい薄味だ。とても美味しい。綟さまは作り方を知っているだろうか。知っているなら、今度自分で作ってみたい。
「藍」
「はい」
「美味しい?」
「! もちろんです」
「そう。よかった」
架瑚さまのお皿を見ると、綺麗に食べ終わっていた。
「す、すみません。食べるの遅くて」
「気にしないで」
「で、ですが……」
申し訳ない。待たせてしまっている。
「……藍」
「っはい!」
大きな声が出てしまった。
「俺は、藍が嬉しそうに食べているのを見るのが好きだから、大丈夫だよ? むしろ、ゆっくり食べてほしい」
「本当ですか?」
「あぁ。本当だよ」
柔和な笑みで、私は安心することができた。
お屋敷に帰り、豪華な夕食を食べ、部屋に戻った。
「……楽しかったなぁ」
布団の上に寝転がって、ポツリと呟く。あっという間に終わってしまった。少し寂しい。よいしょと起き上がり、箪笥を開けた。桃の花の簪と、今日買ってもらった組紐が入っている。
架瑚さまと出会ってから、色々なことがあって、私には宝物ができた。全部、架瑚さまのおかげだ。架瑚さまと出会わなければ、私はどうなっていたのだろう。
そう考えると、少し怖くなった。
「あれ……?」
机の上に、見覚えのない紙が置いてあった。お風呂に行く時にはなかった。なんだろうか。開いてみると、これは手紙だと知った。丁寧な文字で書かれている。誰からだろう。
ーーー
藍へ
十七歳の誕生日、おめでとう。
藍の笑顔と優しさが、俺の支えだ。
いつもそばにいてくれて、ありがとう。
藍と出会って、そして失って、俺は藍がこの世で一番愛おしく、離れたくない存在だと知った。愛してるんだって知った。
だから何があっても俺は藍を手放さないし、守り続ける。約束する。
もう一度言わせて。
十七歳の誕生日、おめでとう。
ーーー
この文字は架瑚さまのだ。
嬉しさが広がっていくのを感じる。
すごく幸せだな、と思う。
手紙も箪笥に入れようとした時、私は裏に何か書いてあるのが見えた。
ーーー
追記:
今以上にイチャラブする予定だから覚悟しておいてね。俺の愛はまだまだ伝えきれてないから。
ーーー
が、頑張らないとなぁ……。
だけど、少し楽しみでもあるのだった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
その頃架瑚は夕夜の部屋にいた。
夕夜と酒を交わして話している。
最初の一杯を飲むと、夕夜は架瑚に尋ねた。
「いいのか? 架瑚」
「なにが?」
「時都妹のことだよ。一緒に過ごさなくて」
夕夜の疑問は尤もである。架瑚が藍の誕生日に何故夜にわざわざ夕夜と晩酌をする必要があるのか。
てっきり襲いに行くのだと考えていた夕夜には信じられなかった。
「……俺をなんだと思ってるんだよ」
「好きな女に時や場所を考えずにスキンシップを繰り返す破廉恥な子供」
「破廉恥な、と子供は否定するがそれ以外は肯定しよう」
「自覚していたのか。初耳だ」
「これ以上は夕夜でも許さないからな?」
「そうなったら綟に加勢してもらう」
「……わかったよ」
権力的には『架瑚〉夕夜・綟』だが実際は『綟〉架瑚・夕夜』である。
「……結婚するまでは我慢するつもりだ」
「我慢ねぇ……」
夕夜がまた一口飲む。
「既成事実でも作ってできちゃった婚するつもりなのかと思っていたが、そのへんはさすがに理解してるか」
「いや、できちゃった婚はアリだと思うが、それじゃあ二人きりの時間があまり作れないだろ? 選択肢としてはあるけどな」
「あるのかよ。やめとけよ?」
「わかってる」
結婚に関しては先輩の夕夜からの助言は受け取っておく。
「綟とはゆっくりできたか?」
「おかげさまで。羨ましいか?」
「……正直に言えば」
「結婚してるかしてないかは大きいからな」
「やっぱそうだよなぁ……」
わかる人にはわかる会話をする二人。するとふすまが開き、綟がやって来た。
「話し声が聞こえると思ったら、やはり若でしたか。藍様のところには行かなくてよろしいのですか?」
「夕夜と同じことを聞くな」
「それは申し訳ございませんでした。……私も混じってよろしいでしょうか?」
「いいぞ」
「ありがとうございます」
「ただし、」
「なんでしょう」
「綟も付き合え」
「承知しました」
綟も一杯飲む。
「久しぶりに昔の話でもしますか?」
「いいな」
「するか」
久方ぶりの三人の夜。
今だけは主従ではなく同級生としての時間が過ぎていくのだった。