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 帝都軍事本部、最高司令部。最奥から帝、大将、中将、少将と並んでおり、一番手前に《妖狩り》が鎮座している。
 《妖狩り》の正式名称は帝都特別異能部隊といい、隊長は大佐の階級を持つ。
 《妖狩り》の構成員は五人。

「隊長、笹潟翔也。ここに」
「副隊長、桐生時雨。ここに」
「隊員、須崎蓮。ここに」
「隊員、橘花(たちばな)真帆炉(まほろ)。ここに」
「隊員、水樹(みずき)朔弥(さくや)。ここに」

 全員が名乗り、(こうべ)を垂れる。
 最奥の間にいる我らが主上、帝への忠誠と敬意を示したのだ。

「帝都特別異能部隊、全隊員揃いました」
「よく来た。(おもて)をあげよ」

 帝の声と共に、《妖狩り》は頭を上げた。御簾(みす)の向こうにいる帝の姿は見えない。だが、声でわかる。この人は国の頂点に立ち、統べる主人なのだと。

「報告を頼む」
「かしこまりました」

 翔也は報告書を読み上げた。

「《あやかし》の襲撃が立て続けに二回、しかも同時に大量の《妖狩り》出動級の大きなものが起こりました。天宮の生徒の式神の助力により被害拡大は免れ、帝都を守ることができました」
「式神……大戦の神子か」
「はい」

 一回目の襲撃もそうだが、規模が違う。あんなにも大量の、それも《妖狩り》出動級のは過去に例を見ない。今回の襲撃は異例と言えた。

「《あやかし》の目的は?」
「証言によると、神子の主人である時都藍という少女が目的だったようです。おそらく異能が目当てかと」
「時都藍……たしか、異能を二つ保持していたな」

 帝の言葉に周囲は動揺する。

「異能が二つ……!?」
「ありえない」
「聞いたことがないな」
「我々の味方なのか?」
「もしに敵に回れば、我らは……」
「鎮まれ」

 その一言で、しんと静まる。

「翔也。異能の詳細な内容を」
「はっ。時都藍の異能は『絶対治癒』と『想像顕現』。前者は個人のもので、後者は神子と体を共有したことにより使えるようになったと聞いております」
「『想像顕現』は神子の異能。どんなものでも想像すれば全てを顕現させることができる。……そうだな? 翔也」
「おっしゃる通りです。『絶対治癒』はどんなに重篤な者でも一瞬にして治癒することのできる異能と本人が証言しました」
「そうか」

 『絶対治癒』と『想像顕現』があれば、どんなことでも実現可能だろう。

「……綾の復活を試みていると捉えていいだろう」
「!?」

 綾。それは《あやかし》の長。もうこの世にはいない、《あやかし》最強の王。

「『絶対治癒』は死者蘇生も可能なのか?」
「……わかりません。本人も試したことがないと」
「そうだろうな。……だが、仮にできなかったとしても『想像顕現』があれば、実現は確実なものとなるに違いない」

 もし綾が蘇れば、間違いなくこの国は終わる。《あやかし》だけが生きる世となるだろう。

「時都藍は重要人物だ。かならず《あやかし》は彼女を狙う。この国のため、民のため、彼女を奪われてはならない」

 藍だけが希望の光と言える。

「すぐに周辺の警備につけ。同じことが二度も起こったのだ。いつまた襲撃されるかはわからない。気を引き締めるように」
「はっ」

 すると帝は何かを思い出したかのような表情をした。すぐに翔也に尋ねる。

「翔也」
「はい」
「其方は笹潟の家系だったな」
「はい。本家でございます」
「そうか。時都藍は其方の弟の架瑚の婚約者と聞いた。それは本当か?」
「はい。本当です」
「本家への挨拶には来たか?」
「いえ、まだ。しかし、今年の夏、来ると」

 架瑚からそう手紙が来ていた。

「ならば其方はそちらを優先しろ。時都藍は我と同じ重要警備人物に値する」
「かしこまりました」
「今後は今まで以上に《あやかし》の動向に注目しなければならない。帝都の安全は其方らにかかっておる。そのことを忘れることのないように」
「承知致しました」

 こうして帝への報告は終わった。



「隊長」

 翔也に話しかけたのは時雨だった。
 時雨は翔也が昔、保護した子供だ。とても小さくて、どこかぽっかりと穴が空いたような空虚な子供だった。
 時雨には《妖狩り》に最年少で入隊できるほどの才能があった。実力をつけたのは翔也の教えがあってのことだが、だとしても十にも満たない少女が入隊するのは極めて稀なことだった。

「葉月(八月のこと)の間、隊長は休暇ということでしょうか」
「いや、少し違う。本家にいることも重要な任務ということだ。休暇ではない。しかし、休暇も兼ねていると思って構わない。実際そうなのだろう」
「理解しました」

 時雨の歳はわからない。十四、十五、あたりと翔也は考えている。戦闘と一般常識は教えたが、それ以外のことは教えていない。単に翔也が多忙なのもあるが、ものによっては教える時期を見計らわなければならないものもあるからだ。
 時雨は賢い。一度言われたことはすぐに理解できるし、適応能力がある。《妖狩り》には欠かせない能力だ。

「隊長」
「なんだ」
「隊長の不在時には、私がここを守ります」
「……そうか」
「はい」

 返事が少し遅れてしまったのは、時雨がいつ死んでもおかしくないと判断したからだ。任務達成のためなら自分の命を捧げるような者だ。翔也はそれを知っている。

「時雨」
「はい」
「時都藍はどのような人だ」

 翔也が知っているのは、架瑚の婚約者ということと二つの異能持ち、そして十七年生きたということだけだ。一度も会ったことがない。
 しかし時雨は天宮へ行った際、藍と接触している。何か知っているのではないかと思ったのだ。できれば良い仲を築きたいと思っている。

「そうですね……力はとても強いのですが、まだ使い方は十分に知らないようなお方かと。ご友人と思われる方からは厚い信頼と好意を認識しました。悪い方ではなさそうです。後のことを考えず行動することは短所と言えますが、おそらく誰かのために動いたのだと思います。そこから、自分のことは後回しにする傾向があるかと考察しました。多少の心配はあるものの、時都藍は善人と判断しました」
「そうか」

 時雨は客観的に物事を判断する。私情が入らないので「時都藍」という人物を知ることができる。

「弟君からの情報はないのですか?」
「あるにはあるのだが……どれも参考にならなくてな」
「そうなのですか」

 架瑚の言葉はこうだ。(一部抜粋)
『まじ可愛い。超絶美少女。優しくて健気。初心(うぶ)な表情とか言動が最高にぐっとくる。料理上手。素直。すぐになんでも信じる。他人思い。好かれやすい』
 翔也(いわ)く、主観が多く同じことを何度も繰り返すため非常にわかりにくいとのこと。昔は簡潔にこなすような弟だったのに、と時折思い出す。
 また、いつから「愚弟」という言葉に近くなったのだろうかと思っている。十中八九、藍が原因なのだろうが。

「須崎が突っ込んで来たら橘花の背後に行け。あいつならなんとかしてくれるだろう。水樹から返答がないなら部屋を壊すと脅せ。そうしたら数分後出てくる」
「わかりました」
「私は本家に戻る。今後のことや、弟の婚約についての話をしなければならない。ここは頼むぞ、時雨」
「はい。隊長」

 時雨と別れると、翔也は本家へと向かうのだった。