「本家へ、ですか?」
「あぁ。夏休み中は基本的に本家で過ごすことになりそうだ。挨拶も含めて、藍がたまに相応しいかどうかを見定めると言っていた」
そう、架瑚さまに伝えられたのは打ち上げパーティの数日後のことだった。架瑚さまの声色から、そのことは事実であることがわかる。
そして、その重みがわかる。
(本家……)
架瑚さまのお父さんとお母さん……当主様夫妻が住む、本邸。そこへついに行くのだ。私が架瑚さまの婚約者であることを意識せざるを得ない。
「大丈夫ですよ、藍様。まだ時間はあります。着物の着方などは私が教えさせていただきますのでご安心を」
「いい人たちだ。時都妹なら大丈夫だろう」
「綟さま、夕夜さま……」
二人にそう言ってもらえると、とても安心する。なんとかなるかもしれない。緊張するけど、頑張らなくては。
「藍」
架瑚さまが私の手をとる。
「何か言われるかもしれない。嫌がらせをするような人たちではないが、本家にはたくさんの人がいる。何か言われたり、されたりするかもしれない。それでも、行ってくれるか?」
「行きます」
私は架瑚さまの婚約者だ。自分で決めたことをその程度で変えるつもりはない。それに、架瑚さまの婚約者を降りる気はない。
「行かせてください」
「藍……うん。わかった」
すると、架瑚さまの手がするりと後ろにまわり、優しく、だけど速く、引き寄せた。
(わ、わわっ……)
架瑚さまの体温が、鼓動が、全て伝わる。暖かく、温もりを感じる。安心する。だがそれと同時に架瑚さまの顔が近づき、私の心臓が跳ねる。
架瑚さまの仕事はここ最近から一層激務となっており、なかなか会えない。そのため二人きりで過ごす時間が少なくなってしまっているため、唐突な接触には過敏になってしまっている。
「な、なんで、抱きしめ……」
「藍が悪いんだからね。めっちゃ成長してるなぁって思ったのと、可愛くてつい。いつも可愛いんだけど、やっぱりね」
(よ、よくわからない……)
だが少なくとも私の何かが架瑚さまの心に刺さったためこうなったということはわかった。
(本家に行くって決めただけなのに……)
やはりまだよくわからない。
甘々な雰囲気に釘を刺したのは綟さまと夕夜さまだった。
「若。何度もおっしゃっていますが、夕夜の食欲が落ちるのでおやめください。忙しく疲れているのは重々承知していますが、せめてそういうことをする時は場所をお選びください」
「時都妹も困ってるぞ。少し離してやれ」
架瑚さまは渋々私から離れる。綟さまのお小言はもう少し続いた。
「二人きりの時にはどうぞ好きなようにして構いませ……いえ、好きなようにさせるのはダメですね。遅い時間もダメです。お酒を飲まれた際も危険ですので軽く拘束しなければ。……とにかく、常識の範囲で癒されてください」
「はいはい」
架瑚さまは軽くあしらう。数秒ののち、本筋の話に戻った。
「本家に行くのは二週間後だ。まるまる一ヶ月泊まる予定となってる」
一ヶ月。かなり長い。
だが、短いとも言える。
あっという間に過ぎていくものだ。
「父と母との挨拶、それと兄さんと姉さんと会うと思う」
「わかりました」
こうして私は本家に行くことになったのだった。