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(…………)

 気づくと、私は不思議な空間にいた。依世ちゃんの『夢遊空想』に似た場所だ。真っ白な、天井や床、壁が永遠に続いている。そんな空間だった。

(……そうだ、私、結界を張って……)

 そのまま力尽きて、眠ってしまったのだ。その時に《妖狩り》の桐生さんが来て、助けてくれたんだっけ。あの時は助かった。あとでお礼を言わなくては。

(それにしても、ここは一体……)

 さっきは依世ちゃんの『夢遊空想』に似てると感じたが、昔、神子と会った青の世界の方が近い。だとしたら、私は今どれだけ眠っているのだろう。また、何ヶ月も眠ってしまっているのだろうか。
 架瑚さまたちを心配させてしまう。
 だけど、どこが出口なのかわからない。
 するとーー

『藍さん』
「!」

 私の後ろに、綺麗な人が立っていた。
 黒髪に、赤い瞳の人だった。白いワンピースを着て、そこにいた。独特な雰囲気のひとだ。神子に似ている。

『初めまして藍さん。訳あって、あなたの夢に干渉させていただきました』
「夢……私はまた、眠っているのでしょうか」

 青の世界の時のように、半年も眠っていたりして……。そう思うと、すごく怖かった。

『いいえ。昔のように長く眠ることはありませんよ。何せ、ここは藍さんの夢の中ですから。長くても半日ぐらいでしょう』
「よかったぁ……」

 私はほっと息をつく。

『ここが「夢遊空想」や「青の世界」ではないことはわかっていらっしゃいますか?』
「はい。雰囲気というか、違いますから」

 青の世界も『夢遊空想』も、どちらも地面があった。でもここは地面なんてなくて、私は浮いている(?)状態だ。
 それに夢の中と言っていた。
 あの二つは夢なんかではない。

「どうやってここに?」
『異能……とはまた違った力なのですが、まあ、同じようなものですね。《干渉ノ術》を使って藍さんの夢の中に来ています』
「《干渉ノ術》……」

 聞いたことがない。
 この人は異能者ではないらしい。
 けど、安心はできない。

『《干渉ノ術》は名前の通り、何かしらに干渉することのできる力です。けど安心してください。私は他者の夢に入っているだけで、夢を操ることはできません。夢を見ている人……つまり藍さんの方が決定権が上ですので、藍さんは私を夢から追い出そうとすれば、すぐにできます』
「そうなんですか?」
『はい。……あっ、本当かどうか試そうとしないでください! 《干渉ノ術》はとても成功率が低いのです! 今回は運良く成功しただけですからっ』
「わ、わかりました」

 実はこれが挑戦して十数回目らしい。やっとのことで成功したのに、興味本位で試されると困るとのこと。それは確かに困るだろう。

「あの、あなたは誰、なんですか? なんで私の名前を知っているんですか? それに、どうしてここに?」
『あっ、そうですよねっ、わからないことだらけですよね。ごめんなさい。説明不足でした。よく言われるのですが、なかなか直らなくて……』

 その人は申し訳ありません、と言うと、深呼吸をし、そして教えてくれた。

『私は「夢の番人」と呼ばれる者です。私はこの世に生きる全ての人の夢を司る、言わば神子と同じ類の人でも《あやかし》でもない神様みたいな存在です』
「! 未玖を知っているんですね」
『はい。彼女とは昔、何度かお会いしています。けど、彼女とはもう何十年も会ってません。色々とありましたし……』

 色々、と言うのは大戦のことだろうか。
 だが、何かしらあったに違いない。

「そうだったんですね……。えっと、夢の番人様」
『ユメでいいですよ。「夢の番人様」は長いですし。それと、敬語はやめていただいて構いません』
「! わかりまし……あ、えっと、わかった」
『それはよかった』

 ユメはふわふわとしている。物理的にもだが、纏う雰囲気が柔らかい。綟さまに少し似ている。

『私が藍さんを知っているのは、私がさっきも言ったようにこの世に生きる全ての人の夢を司る「夢の番人」だからです。夢に干渉するには《干渉ノ術》を使わなければなりませんが、どんな夢を見ているかはわかるのです』
「へぇ……どんな感じなの?」
『そうですね……水晶玉の中にその人が見ている夢が映っています。水晶には名前が彫られているのですぐにわかりますよ。誰かが誕生すると新しい水晶が生まれ、誰かが亡くなると、水晶が光となって消えます』
「そうなんだ……」

 面白そう。

「ねぇユメ。架瑚さまが普段、どんな夢を見ているかわかったりする?」
『え!? あ、はい、わかりますが……』
「わかりますが……なに?」

 どうしてだろう。今、ユメがものすごく嫌そうな引きつった顔をした気がするのだが……。

『本当に聞きたいですか?』
「え、そんなに聞くと良くない夢ですか? ま、まさか私以外に好きな人がいてその人と駆け落ちしたいけど私がいるから……」
『いえいえいえいえ、そういう暗い話ではありません。というか、架瑚さんがそんな夢を見ると思いますか?』
「もしかしたらの可能性が浮上して……」
『断言します。絶対にありません』
「そ、そうかな?」
『はい。絶対に、ありません』

 絶対を強く主張するユメ。
 なら、大丈夫かもしれない。多分。

「じゃあ、どんな夢を見てるの?」
『…………藍さんと普段の倍以上イチャイチャラブラブしている夢です。それも毎日。私はいつ藍さんが襲われ抱かれてもおかしくないと思っております』
「えっ……!?」

 どうしよう。
 別の意味で全然大丈夫じゃなかった。
『詳しい夢の内容、聞きますか?』とユメに聞かれたが、私は激しく首を横に振った。

『では、本題に入りましょうか』

 ユメはそう言うと、真剣な顔つきで私を見つめた。

『藍さんにお願いがあるのです。……どうか、藍さんが異能を使うか使わないか自由に決められる時にだけ、異能を使ってほしいのです』
「……どういうことですか?」
『誰かを人質に取られたりして脅されて、仕方がなく異能を使わないでいただきたい、といつことです』

 つまり、依世ちゃんの時のような状況で、異能を使わないでほしいということだ。だけどどうして、ユメがそんなことをお願いするのだろうか。

「ユメ。あなたには何が見えているの?」
『…………近い未来、藍さんは異能を使うよう迫られる日が来ます』
「! それは、『絶対治癒』? それとも『想像顕現』?」
『そこまではわかりませんが、「絶対治癒」は確実とみて間違いないでしょう。「絶対治癒」を使ったら最後、この国は滅びます』
「っ!」

 ユメははっきりと断言した。
 国が滅ぶ。
 つまり、みんな死んでしまう。

『《あやかし》が支配する国となってしまえば人間は生きることができません。今まで共存することができていましたが、人と《あやかし》には何百年もの確執があります。天宮への襲撃は狼煙(のろし)と捉えてください。私はそれを回避してもらうため、こうして藍さんの夢に干渉したのです』

 私の選択が、国を巻き込む大きな変化を起こしてしまう力を持っている。そういうことだ。責任と恐怖がのしかかる。
 怖い。もしかしたらと思うと、怖い。
 私の選択一つで、何千人、何万人もの命をなくすことができると思うと、恐怖で震える。

『これは夢です。だから藍さん。藍さんは夢から覚めればこのことは忘れてしまいます』
「えっ……」
『ですから、これは賭けなのです。私ができる、帝都を守るためにできるたった一つのことなのです。いざという時にもし、藍さんがこのことを思い出すことができれば……とても大きな賭けです。だから、藍さんが全ての責任を持っているわけではありません』

 だけど、その賭けに負ければ、大きな被害が出る。そうなれば、私の大切な人たちは、大切な思い出は、全て消えてしまう。

『ですが、私もこれだけでは心配です。だから、これを渡しておきます』

 ユメは私に小さな石を渡した。
 綺麗な石だ。宝石……ではなさそうだ。

『もし「絶対治癒」を使うよう迫られた時はこれを見せてください。もしかしたら「絶対治癒」を使うのを諦めてくれるかもしれません。それでもダメだったら……』

 ユメの言葉は、私にしか聞こえない。しかし私は、それを忘れてしまう。なぜならこれは夢だから。けど、それは忘れてはいけない、大切なこと。
 私がその日に思い出せるように言った、ユメの最後の賭けの言葉。

『ーーーと、言ってください。きっとあの子たちならその意味をわかってくれるはずです』

 パキパキとひびがはいって、夢の世界が崩れた。私は下へと落ちていく。

『どうかお願いします、藍さん』

 どうか、あの子たちを。
 そう言って、ユメと別れた。
 私は、ユメの言葉を思い出すことができるだろうか。私は、私たちは、未来で生きているだろうか。
 それを知る者は、きっと誰もいない。


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「ん……」

 ぼんやりとした視界が、だんだんと明瞭となっていく。数秒ののち、私の視界は全回復し、架瑚さまが隣にいることを知った。

「架瑚、さま……?」
「! おはよう、藍」
「おはよう、ございます。……ん、」

 身体が重い。随分と疲れているみたいだ。ゆっくりと架瑚さまに助けられながら、私は布団から起き上がった。

(私…そうだ、結界を張って、そのまま寝ちゃったんだろうな)

 服が変わっている。おそらく綟さまが変えてくれたのだろう。私を助けてくれた人は……たしか、桐生さんと名乗っていた。二人にはお礼を言わなければ。

「あの、架瑚さま、今は……」
「春蘭祭の翌日の朝だよ。今は九時前だから藍はいつもより数時間多く寝ちゃっただけ。疲れていたこともあって、よく眠れていたよ」
「そうでしたか」

 よかった。前みたいにずっと眠っていなかった。ほっと安堵の息をつく。そして私は特別クラスのみんなのことを思い出す。あの後、みんなは平気だったのだろうか。

「みんなは……?」
「全員無事だよ。《妖狩り》が来てくれたこともあって、死者は出ていない。ただ、黒幕は見つけられたんだけど、捕まえることはできなかった。ごめん」
「そんな……架瑚さまが謝ることではありません」
「藍は優しいね。ありがとう」

 ふっと架瑚さまが微笑む。

(あっ……)

 すると、私はふらっとして架瑚さまに倒れかかった。架瑚さまは私の肩を支え、助けてくれる。眠気が襲う。さっき起きたばかりなのに。

「! まだ寝た方がいい」
「すみません。そうさせてもらいます」

 架瑚さまの手を借りて、私は再び布団の中へと入る。

「いい夢を見れるといいね」
「夢……」

 なぜだろう。何か、引っ掛かりを覚える。
 思い出すことができない。忘れてはいけない、大切なことだった気がするのに。それなのに何だったかわからない。思い出せない。

「藍?」
「っ、いえ、なんでもありません」
「そう。ならよかった。……おやすみ」
「っ!」

 柔らかい感触がおでこに伝わる。架瑚さまが私の額にキスをしたのだ。
 互いに見つめ、笑うと、私は眠りについた。