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 ドーンッ!と大きな音がして、悲鳴が上がった。何事かと思い振り返る。優勝クラスと優勝特典の発表をする直前の出来事だった。
 たくさんの人が逃げ惑った。
 混乱が訪れる。

「きゃーっ!」
「逃げろ! 逃げろ!」
(どうして……)

 騒ぎの原因は突如として現れた《あやかし》の大群だった。前に来た時よりも強く、多いのがわかった。ーーこのままじゃ天宮が崩壊することも。

「『夢遊空想 境目(ハーフ)』」

 異能をいち早く展開したのは依世ちゃんだった。校舎全体を覆う広域展開。

「校舎内に避難して! 校舎は安全よ! 死にたくなければ急いで!」

 依世ちゃんは振り返る。

「藍、外に結界が張ってあるの、見える?」
「!?」

 空を見上げて注視すると、そこにはたしかに結界が張られていた。
 結界は異能と同じようなものだ。魔法しか使えない一般人には破壊不可能な代物である。最近の授業で鈴先生から教わった。

「私は『境目(ハーフ)』の展開で精一杯。咲音たちは《あやかし》の対処に当たる。この結界はおそらく中にいる人を閉じ込めるもの。壊して新しい《あやかし》だけを閉じ込める結界を張らなきゃいけない。だから藍……お願いできる?」
「!」

 すでに嵐真くん、綺更くん、紡葉くん、咲音ちゃんは戦闘に入っていた。攻撃系の異能を持つ四人は依世ちゃんと同じく、すぐに状況を把握し対応したのだ。

「でも、『絶対治癒』はなくていいの?」
「舐められては困るわ。私はひきこもりの天才児よ? 私の『夢遊空想』で死人が出るとでも? すべては私の思い通りになる。だから安心して」
「……わかった」

 私は急いで外へと走る。
 みんなが援護してくれるおかげで私は《あやかし》と戦闘せずに結界に近づくことができた。時は一国を争う問題。命に関わる。

(……見つけた)

 結界には核がある。核を破壊すれば結界は消失する。核には独特の雰囲気が漂っているため、場所はすぐに特定できた。
 核の壊し方は二つ。
 一つは物理的に壊すこと。パンチとかキックとか。でもそんな簡単に壊せたら結界の意味がない。常人には無理だ。
 なので主な壊し方は異能を使うこと。人によっては攻撃型ではないため(私の『絶対治癒』など)壊せない。
 だが私には『絶対治癒』以外にもう一つ異能がある。神子の『想像顕現』だ。
 《あやかし》を抑えるためには人がいる。だから戦闘系の異能者はあまり派遣できない。けど攻撃型の異能でなければ基本的に結界は壊せない。
 そこで私だ。
 『想像顕現』は攻撃型にも守備型にも分類することのできない最強の異能だ。最悪攻撃をくらっても『絶対治癒』で治すことができる。
 二つの異能を持ち、且つ最強の異能である『想像顕現』を使える私は適材だ。
 集中して力を集める。
 そしてーー

「『想像顕現 破壊』」

 結界の核に触れ、破壊する。パリンとガラスが割れるような音がして結界が崩れる。
 だが私の仕事はまだ終わっていない。
 街に《あやかし》が行かないよう、新しい結界を張る必要がある。私は鈴先生の言葉を思い出す。

『結界を張るには異能者でも大量の力を消費する。大きいものは特にね。だから軽い気持ちで結界を張ろうとはしちゃだめだよ? 熟練の人でも難しいことだからね』

 これは軽い気持ちなんかじゃない。
 多くの人を救うために必要なことだ。

『結界を張るコツは二つ。一つはイメージ。守りたいものを想像して、それを覆うように作る。もう一つは力を惜しまないこと。辛くても気を抜けば結界が張れずに力を消費して終わる。出し惜しみはしちゃいけない。わかった?』

 覆うように、力を込めてーー

(……よし)
「『想像顕現 結界』」

 一気に力を入れて結界を展開する。
 天宮全体を覆う《あやかし》だけを閉じ込める結界をイメージして作り上げていく。

(一つ残らず、逃がさない……!)

 大きな光が放ち、そして消える。
 どさっと体の力が抜け、私は座り込んでしまった。

(で、できた……っ)

 《あやかし》だけを閉じ込める結界。これで依世ちゃんの負担も減るはずだ。同時にいくつもの『夢遊空想』を展開していた依世ちゃんだ。力の消耗も激しいだろう。……私もかなり辛いが。

(あ、まずい、これ……)

 遠くから何かが来る音が聞こえる。おそらく《あやかし》だろう。人間の気配を察知して襲いに来ると鈴先生が言ってたっけ。
 すぐに対処しなければ。だけど力を使い過ぎて立てないし、第一、私は《あやかし》との戦闘経験がない。前に《あやかし》が来た時は『絶対治癒』で怪我人を治していた。
 魔法でなんとかできればよかったのだが、残念なことに《あやかし》は魔法が効かない。戦闘時の補助としてしか使えないのだ。

(視界が、歪む……)

 そして現在、力の消費により回復するためか眠気が襲って来ている。そういえば、鈴先生が結界を張る際の注意について言ってたような……。

『治癒魔法や藍の「絶対治癒」でも回復することはできないよ。時間が解決するのを待つしかない。そんな時に《あやかし》に襲われてもいいように、結界を張る時にはもう一人そばで待機する必要がある。結界を張った人を守るためだよ』

 未玖は……出てこないということは他の場所にいるのだろう。近くに人の気配はない。途中まで主に綺更くんが援護してくれていたが未玖がいると思ったのか、もう援護の手はない。
 《あやかし》が姿を現す。妖獣だ。妖獣は戦闘能力が高く、《妖狩り》が出動してもおかしくないレベルの《あやかし》だ。妖魔なら頑張れば逃げられると思っていたが、現在戦闘不能な私には対処できない。
 妖獣の視界に私が映る。
 唸り声を上げて威嚇する妖獣。だが威嚇はすぐに止まった。私を殺せると判断したのだろう。
 背中にゾクゾクとした感覚が走る。

(あ、これ、知ってる)

 血の気が引くこの感覚を私は知っている。呼吸ができず、時が止まったかのように映る世界。妖獣が動いたのが見えた。動きが遅い。いや、違う。私がおかしいんだ。
 死に、近づいているからだ。

「う゛あ゛う゛……っ!」

 妖獣が声を上げて私に走って近づく。

(ーー死ぬ)

 そう、覚悟した時だった。
 キラリと何かが空で輝き、そして目で追えない速さで地に落ちた。そしてその瞬間、妖獣から鮮血が溢れ、灰となって消えた。

(だ、れ……)

 黒い、軍の戦闘服を来た人がいた。風が吹き、髪とスカートがひらひらと踊った。手には一本の刀が握られている。学校に反射して光っていたのはそれだった。淡い桜色をしていた。

「結界を破壊し張り直したのは貴女ですね。私も結界の破壊と張り直しはできますが、戦闘前から力を消費するのは避けたかったのです。ありがとうございました」

 丁寧な言葉遣いだ。淡々としていて簡潔で、理解しやすい。玲瓏な声だ。

「ここからはおまかせください。我々が来たからには早急に《あやかし》を討伐致します。もちろん、死傷者ゼロで」

 この人は、味方なのだ。
 すぐにそれを理解することができた。
 我々……ということは他にも応援がいるに違いない。

「私に体を預けてくださって結構です。帝都特別異能部隊副隊長、桐生(きりゅう)時雨(しぐれ)の名にかけて、必ず貴女を守ります」
(桐生、時雨……)

 帝都特別異能部隊。
 《妖狩り》の正式名称だ。
 その副隊長が来てくれている。
 ならきっと、大丈夫だ。
 私は力を抜き、眠りに落ちた。


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 時雨は藍を片手でおぶり、走って天宮の校舎の方へと向かった。

(軽い……)

 予想外の軽さに少し驚く時雨。

(けど、おかげで戦闘しやすい)

 《妖狩り》が到着したのは《あやかし》が天宮を襲ってから約五分後のことだ。時雨はもう一人の隊員と共に天宮にやって来た。

(あの人がいなかったら、天宮(ここ)は今ごろ死人で埋め尽くされていたに違いない)

 現在、帝都は二つの《あやかし》の軍勢に攻められている。ここ、天宮と天宮の反対方向に位置する山間部だ。明らかに狙って行われたものだろう。理由は明確。
 同時刻に《あやかし》が現れたからだ。
 割合的には二対一のため山間部に優先で行かなければならない。被害が大きくなる可能性の方に行くのが最善とされているからだ。
 しかし二対一と言っても、その《あやかし》の数は合計三万。天宮に異能者は複数いるが、戦闘経験の浅い者ばかりなので《妖狩り》を出動させなければ死傷者が出るのは確定する。
 《妖狩り》の構成員は少ない。少数精鋭部隊の欠点だ。そこを突かれ《妖狩り》は動けなくなった。
 そんな中、救世主となったのはーー

『妾が山間部の加勢に入る。天宮に二人行ってくれ。頼む』

 未玖だった。
 鈴と戦闘し囚われていた未玖だが、あれは未玖の分身体だ。《あやかし》は未玖を警戒していた。だから未玖は下手に行動を許されない状況下にあった。
 怪しまれれば計画を早められてしまう可能性がある。そのため未玖は分身体を作り、わざと鈴の元へ行き負け、捕まった。分身体だと思わなかった鈴は仲間に『未玖は捕まえたから心配ない』と伝えるだろう。
 そうすれば未玖は計画に邪魔となる存在ではなくなる。仲間は未玖が囚われていると思っているので警戒がなくなり、未玖は動きやすくなり、《妖狩り》に加勢することができる。
 結果的に《あやかし》を退けることができればこちらの勝利となる。藍だけが未玖の心配だが、《妖狩り》が出動するとなれば少しは安心し戦闘に専念することが可能となった。
 そして今、現在。《妖狩り》の副隊長と隊員が天宮に到着・戦闘を開始し、隊長と隊員二人、未玖は山間部の《あやかし》を討伐している。
 天宮の校庭では特別クラスの生徒と夕夜、綟が《あやかし》と戦闘中。また、架瑚、暁、隼人の三人は鈴と対峙している。三対一とは言えど、相手は《あやかし》の中でも戦闘能力が高い《鬼》だ。死んでもおかしくはない。
 鈴のところへはすでに時雨とともに来ている隊員が向かっている。

(そっちはよろしくね、須崎(すざき)くん)

 時雨は心の中でそう呟くと、速度を上げる。藍を依世の元へ早く送り届け、加勢するためだ。

(急がないと)

 足に力を入れ、大きく前へと駆けた。