依世ちゃんを落ち着けさせ、私たちは校庭に向かった。春蘭祭の結果発表だ。右、左と咲音ちゃんたちを探す。

「あっ、いたいた。こっちだよー!」
「! 咲音ちゃん!」

 咲音ちゃんに手招きされ、私たちはそこへ向かう。かなりのスペースを陣取っていた。

「いい場所確保してくれてありがと」
「いやぁ、お願いするまでもなくどうぞどうぞと譲られて逆に困ってたのよ。よかった」
「そ、そうなんだ……」

 だが嵐真くんと綺更くん、咲音ちゃんの三人が来たら譲ってしまうのも無理ない。なんかこう、キラキラとした存在感がある。もちろんいい意味でだ。

「遅かったけど、大丈夫だった?」
「! ごめん。心配させてた?」
「心配……まぁそうだね。みんなで見たいと思ってるから、花火」
「そっか。星凪ちゃんは?」
「夕夜さんと綟さんに紘杜くんと絺雪ちゃんと一緒に面倒見てもらってる」

 すると、嵐真くんが紡葉くんになにやらコソコソ話しかけている。なにを話しているのだろうか。

「依世と進展あった?」
「!? はぁっ!?」
「だってあいるんは架瑚がいるし」
「いやそこじゃなくて!」

 紡葉くんは依世ちゃんのことが好きなのだろうか。それとも嵐真くんがからかってるだけ? よくわからない。咲音ちゃんを見ると口元が緩みニヤニヤとしている。どっち? どっちなの!?

「あれ、紡葉は依世のこと好きじゃなかったっけ? 違った?」
「えっ、!? なっ、どうしてそうな……」
「嫌いなの?」
「んなわけないだろ! 好きだよ!」
「えっ……?」
「あっ……」

 勢いで依世ちゃんのことを好きと言ってしまった紡葉くん。ロボットのようにかくかくと首が動き、依世ちゃんの方に視線を向ける。
 依世ちゃんは目を逸らして一言。

「……ばか」
「! あのこれはちが……っ、あっ、けど嫌いとかじゃなくて、その……!」

 わたわたしている紡葉くんと耳が微かに赤く染まった依世ちゃん。この二人、もしかして……。
 すると咲音ちゃんが私に近づき、小さく教えてくれる。

「紡葉は依世のこと、前から気になってたらしいのよね」
「! そうなの?」
「咲音の言ってることは本当だよ、藍」
「綺更くん……」

 私は咲音ちゃんと綺更くんに二人の関係を教えてもらう。

「依世も結構紡葉のこと気に入ってるんだよね。真面目で誠実、努力家で不器用。じれったいカップルってこんな感じなのね。初めて見るわ」
「二人とも静かな方だから相性良さそうとは思ってたけど……まさか本当にくっつくとは」

 咲音ちゃんも綺更くんも、依世ちゃんと紡葉くんが付き合ってることを前提に話している。これは少し止めたほうがよさそうだ。

「けど、まだ付き合ってるわけではないんだよね?」
「いやほぼ確実に付き合うでしょ。見た感じからしてそうだよ。もしかしたらと思って嵐真を脅して天然風爆弾発言を落として正解だったよ」
「えっ!? あれ、綺更くんが裏で糸引いてたの?」
「まあね。じれったい二人にはちょうどいい転機になるでしょ。時には勢いも大事だよ」
「うーん……」

 綺更くんの目がキラキラと輝いているところ悪いが、あまり人の色恋に入らない方がいいと思う。自分の色恋にもいつか影響が出るかもしれないのだから。

「綺更マジナイス。天然による爆弾発言がきっかけで告白! 春蘭祭の夜の花火が上がった時に告白した生徒は必ず結ばれるとか、末長く幸せな人生が送れるとかいうジンクスもあるおかげでムードに呑まれて無事カップル成立! その後、身分の差があり数々の困難が降り注ぐも二人で協力してゴールイン! いやぁ、いいわね」
「だね」

 想像に過ぎないが、この二人が言うと現実になりそうで少し怖い。しかも仕組んでやったことだと思うとぞっとする。恋愛ハンターだよ、もう。

(けど、嵐真くんはなにを条件に引き受けたんだろう……)

 いくら脅されたとはいえ、友達を裏切るような人ではないと思っている。不思議だ。そして怖い。綺更くんが怖い。味方だと心強いが敵だと思うとものすごく怖い。

「それではお待たせしました!」
「!」

 いよいよ春蘭祭の結果発表だ。今年の優勝特典、そして優勝クラスはいったい……。
 しかしこの時、裏で動いている人がいるだなんて知るはずもなかった。私たちの背後に潜む闇、そしてそれを討とうとする人たちの存在があることに、気づくはずもなかった。
 それぞれの思惑が交錯し、天宮は戦場になってしまうことを、誰も想像していなかった。


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 コツ、コツ……と足音が響く。

「こんなところまで来てどうしたの?」

 一人の男と女が廊下を歩いていた。
 二人はかつての教師と教え子だった。

「婚約者のところに行かなくていいの? 心配なんじゃないの〜?」

 女は男を煽る。
 しかし男は無反応。
 つまらなく思った女は話題を変える。

「そういえば、夕夜と綟は結婚したんだよね? おめでとうって伝えておいて。会う機会なかったから。お願い」

 男は空き教室に入る。
 女もそれに連れて入る。

「どうしてこんなところに? らしくないね。何かあった?」

 男はそこで口を開いた。

領域魔法(エリシュアンデス)
「!」

 教室全域が男の領域となる。
 女は男の名を紡いだ。

「……どういうつもり? 架瑚」

 架瑚は女を見つめる。
 そして話し始めた。

「襲撃が起こった時のこと、覚えていますか?」
「? そりゃね」
「どのくらいの規模でしたか?」
妖魔(ようま)妖獣(ようじゅう)がいた。《妖狩り》が出動するレベルだった」

 《あやかし》にもレベルがある。
 一番数が多く弱い妖魔。
 戦闘能力が高い妖獣。
 知能を持った狡猾な妖人(ようじん)
 《あやかし》を統べる三人の王、《三妖帝》。
 そしてその《三妖帝》が仕える《あやかし》の母ーー(アヤ)

「襲撃時、何故《妖狩り》が来なかったか知っていますか?」
「さぁ。知らない」
「大量の《あやかし》が出現したんですよ」

 《妖狩り》は帝直属の少数精鋭部隊、帝都特別異能部隊(ていととくべついのうぶたい)の通称だ。
 入隊できる者など神に選ばれし人を超えた力と異能を持つ者だけで、現在の構成員は五人。全員が高い戦闘力を持ち、三日もあれば帝都を壊滅することもできる。

「おかしいと思いませんか? 《妖狩り》を全動員しなければ対処できないほどの襲撃が同時に起こっていたんです」
「……全て仕組まれてたってことだね」
「はい。なのでお聞きしたいんです」
「なに?」

 架瑚はまっすぐに女を見つめた。

「どうしてあなたは二つ同時に襲撃されていたことを襲撃後の会議で伝えなかったんですか?」
「!」
「私の兄、翔也が《妖狩り》に入隊したことは知っていますよね? そして今は隊長の座にいることも」
「…………」

 架瑚の兄、笹潟翔也は類稀なる超越した身体能力と戦闘特化の異能の持ち主だ。天宮を卒業後すぐに《妖狩り》の入隊テストを受け合格し、今は《妖狩り》の体調にまで上り詰めた。

「このことは兄から教えてもらいました。そして、一つ考えを教えてくださいました。……天宮の中に内通者がいると」
「それが私だと?」
「えぇ。あなたしか考えられないんですよ」

 架瑚は苦しくも鋭い眼差しを女に向けた。

「ーー鈴先生」

 小さく口を開け、だがすぐに口角をニッと上げる。そして光を放ち、鈴は本来の姿に戻る。鈴は《鬼》の姿になった。
 白髪に真紅の瞳。
 不吉な彼岸花の着物。
 美しい(つの)
 圧倒的な《妖力》と存在感。
 そこにかつての面影が重なる。

「『心理透視』の力が強くなったの?」
「あまり変わっていません。あなたの『強制解除』には勝てない」
「そっかぁ。じゃあ私の変装が下手だったからわかったの?」
「いや、あなたの変装はすごい。《鬼》だったんですね。てっきり《妖狐》だと思ってました」
「《妖狐》はもっとジメジメしてるよ。こんなに明るくない。正論ばっか言ってるからあんま好きじゃないんだよね、私」

 五大名家の一つ、笹潟家の次期当主・架瑚。
 《三妖帝》の娘、真紅の《鬼》・鈴。
 人と《あやかし》。
 教え子と教師。
 だが、今は敵。
 架瑚はそのことがとても悲しかった。

「いやぁ、藍にお嫁に来てほしいなぁ」
「やらんからな」
「わかってるよ。……依世のことは?」
「知っている」
「そっか」

 依世のことはすでに伝わっている。紡葉からの綟経由で架瑚は知った。藍の無茶振りを聞いた架瑚は少し頭が痛くなるのを感じた。

「で、どうする気? 架瑚」
「……私たちに関わらないでください。私たちは平穏を望んでいます。巻き込まないでください。お願いします」
「それは無理なお願いだよ。《あやかし》にも目的がある。それには異能が必要だし、簡単に諦められるようなことじゃないんだ。ごめんね」
「そうですか。……なら」

 架瑚は刀を鞘から抜き、鈴に突きつける。

「あなたをここで殺さなければならない」
「……本当に殺せるとでも?」
「いいえ、滅相もない。足止めができればそれでいいと思っています」
「足止めねぇ……」
「! っ……」

 鈴がいきなり消えたかと思えば、架瑚の背後から攻撃を仕掛けた。架瑚は間一髪のところで止める。

「前よりも強くなったね。反応速度が上がってるよ。だーけーどっ」
「っ!」

 鈴は思いっきり架瑚の腹部を蹴る。受け身をとったおかげでさほど怪我はしていないが痛いものは痛い。よろよろと立ち上がり、架瑚は再び鈴に向き合う。

「体術系をもっと鍛えたほうがいいと思うよ。剣術はまあまあ。急な攻撃の対応がまだまだだね。これで終わりだなんて言わないでよ? これからなんだから」
「〜〜っ」
(強い。強すぎる)

 架瑚では鈴の枷にすらなれない。力の差がありすぎる。だが、架瑚の武器は強さではない。初めから勝負してるのは頭でだ。

「暁、隼人、終わったか?」
「!?」
「バッチリ終えたよ〜。鈴先生が《鬼》だってことは《妖狩り》本部に伝えた。すぐこっちに来るって」
「架瑚を相手にさせて良かったよ。時間稼ぎありがとな」

 暁と隼人が突如現れる。鈴はまったく気配を感じることができなかった。初めから三対一の戦いだったのだ。
 架瑚は一人で足止めする気など微塵もなかった。

(暁と隼人の異能は攻撃特化。勝負はここからだ)
「第二ラウンドと行こうじゃありませんか、鈴先生」
「まさか逃げるなんてことしませんよね?」

 暁と隼人も戦闘態勢に入る。

「〜〜っ、面白くなってきたじゃん」

 戦いは今、ここから始まる。