✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



「わー、やっぱり人、いっぱいいるなぁ……! やっぱり五大名家の力ってすごいね。こんなに《妖狩り》が来たのは久しぶりだよ。異能持ちもたくさんいる。戦力を削るのには打ってつけの機会だ! そう思わない? 未玖」
「…………」

 両手両足を鎖で繋がれ、酷い怪我をした未玖に、《鬼》は満面の笑みでそう言った。
 白い空間に、未玖の鮮血が映える。
 あちこちから血が流れており、見るに耐えない光景だった。
 未玖は深く息を吸えない状態にあった。
 すでに体力や魔力は枯渇寸前。
 異能を使おうにも、この空間では異能封じがされているようで、《鬼》とは勝負にもならなかった。
 一方的に暴行を受けるだけ。
 攻撃しようにも動きが速く、一つ一つが重い打撃・蹴撃ため、防御することしか未玖にはできなかった。
 そして今、未玖は鎖で拘束されていた。

「大戦を圧倒的な力で治めた神子なら楽しめると思ったんだけど……ま、たかが式神。個人が持てる力には上限があるってことだよね。昔の神子は、今の何倍も力があったのに……落ちぶれたね、神子。心底残念だよ。失望した。やっぱり《あやかし》に並ぶ強さを求めるなら、同族じゃなきゃだめだね」
「っ……」

 《鬼》は未玖との戦いを娯楽として捉えていた。それほどに力の差があり、執着していなかった。
 未玖は《鬼》の言葉に若干の反応を見せる。

「なに、どうしたの? まさかまだ戦おうとか思ってる? やめておいた方がいいよ。戦うだけ時間の無駄。結果が見えているのならなおさらだよ。未玖ならわかるでしょ? それとも、頭まで落ちぶれたの?」

 神子相手に辛辣に発する《鬼》。
 だが、未玖は戦うこと、対抗することなどをする気は全くなかった。むしろーー

「……馬鹿なんだな、貴様」
「……はぁ?」

 《鬼》を挑発していた。

「馬鹿だと言ったんだ。そんなこともわからないのか?」
「真似っこするの、やめてくれない? 自分が弱い生き物に見えるからさ」
「はっ、何を言っている。弱いくせに」
「惨敗した奴の言う台詞ではないと思うよ」

 未玖は高らかに笑った。
 《鬼》がおかしかったからだ。

「何がおかしい?」
「いや、だって……ふっ、妾が圧倒的な力で大戦を治めた神子? 貴様は妾を笑わせたいのか?」
「何が言いたい?」

 だが未玖は笑ってばかりで教えない。
 しびれを切らした《鬼》は未玖の鎖から攻撃を放つ。傷が増え、血がさらに溢れる。

「ふっ、ふふっ……すまなかった。本当に面白かったのでな」

 笑い終えた未玖は《鬼》に真実を言った。

「圧倒的な力? そんな愚かな人間が作り出した虚に《あやかし》は今日まで信じていたのか。力は違えど、人も《あやかし》も大して変わらないのだな」
「去勢もいい加減にしろ。人と《あやかし》(我ら)が同等? ふざけるのも大概にしろ。次に同じような発言をしたら、その憎たらしい口を首ごと()ねる」

 未玖の首元に爪を当て、《鬼》は睨む。
 だが未玖は怯む様子もなく話し続けた。

「あの大戦で妾は大切な者を幾人も失った。神と人が争った結果、どうなるか知っているか? ……どちらも苦しみ、傷つくんだ」

 大戦では多くの人がなくなった。
 それは神子が率いた神たちも同じ。
 人と同じ数だけ、神も死んだ。

「妾が地に降りたのは大戦を治めるため。だから人を殺める許可は得ていない。だが、争いに死は付属する。争わずに大戦を治めることなど不可能だった。そのことを妾も含め、神はわかっていなかった」

 死者からは生黒い血が溢れ、生き残った者は残酷な現実が植え付けられた。
 結果論を言えば、神子は大戦を治めた。
 しかし、犠牲は少なくなかった。
 神子は他の大神から非難され、二度と元いた地に戻ることを禁じられた。

『●●、其方は他の神々を巻き込み、多くの神を殺した。本来ならば其方も平等に死を与えなければならない。しかし、死の地と化した国に他の神を向かわせるわけにはいかない。其方を永久追放とする。二度と帰ってくるなよ、神殺(かみごろ)しめ』

 だれも、味方なんていなかった。

『神子さまっ、神子さまっ!』

 唯一生き残り、神子を慕ってくれた眷属。
 だがもう、向日葵のような笑顔を見ることはできない。

『いやです神子さま! ◼️◼️は神子さまの眷属です! 神子さまがやったことはもうやり直すことはできないけど……けど、◼️◼️はそれでも神子さまのそばに……!』
『ありがとう◼️◼️。だが、すまない……っ』
『神子さまぁーーっ!!』

 眷属の心の傷を無くすべく、大戦での記憶は全て書き換えた。
 藍は◼️◼️と似たようなところがあった。
 だからより一層、守らなくては思った。
 だがそんな決意も、今は虚言となった。
 今、未玖にできることはない。

「まあ、そういうわけだ。其方の望んでいた神子はその程度の力しか最初から持ち得ていない。期待し、警戒した分だけ時間を無駄にしたな、《鬼》よ」
「……いや、そうでもないぞ」
「?」

 けれどそんな未玖の言葉に、《鬼》は余裕そうに言った。

「我ら《あやかし》の目的は藍」
「!!?」

 まさかの発言に未玖は驚きを隠せない。

「……そんな重要なこと、妾に話していいのか?」
「だって、今の未玖には何もできないし、あとで殺すんだもん」

 平然と言う《鬼》。
 力に自信があり、未玖をすぐに殺せると確信しているからだろう。
 だがーー

「藍は貴様らの道具ではない。強い意志を持った妾のお気に入りを(あなど)るな。藍は強い。成長した。もう昔のような何もできない少女ではない……!」
「そ。好きに言えばいいよ。結果は見えてるし」

 けど、と《鬼》は続けた。

「最悪、他の子に取られちゃうと思うと、やっぱりちょっと心配なんだよね〜」
「他の子……?」

 つまりーー

「こう言えばわかる? 藍を狙っているのは《あやかし》だけじゃないんだよ」
「っ!」
「その反応は正しいよ。実際、《あやかし》(こっち)も想定外だった。だからーー」

 一瞬の(のち)、開口。

「敵ごと奪うことにするよ」
「!」

 簡潔に言うと、藍は二方向から狙われている。その一つが《あやかし》である。困った《あやかし》は藍を狙った者ごと奪うことに決めた。
 とまあ、こんなところだ。

「手を引け、《鬼》」
「嫌だね。引けない理由がある。その子も狙ってたし、《あやかし》(我ら)はそれを利用するだけ」
「……それで本当にいいのか?」
「もちろん。《あやかし》は結果主義なんだよ。最後に勝つのが《あやかし》ならそれでいい。過程がどんなに酷いものでも、ね」

 《鬼》は未玖を一瞥すると、特別クラスの映像を映す。
 そこには春蘭祭が終わり、片付けをする生徒の姿がある。

「さて、どんな花を咲かせてくれるのかな?」

 ニッと口角を上げた《鬼》。

(藍……)

 藍次第で、明日が、未来が変わる。
 だが《鬼》の笑みを見ていると、未玖は嫌な予感がしてならなかった。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「こっちの片付けは終わったわね」
「咲音〜、『夢遊空想』のゴミがやばいんだけど〜」
「えぇ……なんとかならないの?」
「空間ごと捨てることもできるけど、咲音に借りてたキッチン、まな板、包丁、食材などが全部消えることになる」
「それはヤバいわね」

 午後の部も終わり、私たちは喫茶アイラの片付けをしていた。

(お客さん、いっぱい来てよかったぁ……)

 メニューも美味しいし、服も可愛い。
 そして何よりみんな元々の容姿がイイのでそれ目当てで来店してくれたお客さんもたくさんいた。
 変なお客さんも来なかったので何よりである。
(※その理由が架瑚、夕夜、綟、暁、隼人による先輩たちの威嚇によって叶ったということは本人たち以外誰も知らない)
 喫茶アイラで提供していた食べ物はすべて『夢遊空想』で作っていた。スペース上、『夢遊空想』を使わなければ無理だったのだ。
 特別クラスの片付けはほとんど終わった。
 あとは優勝クラスの発表が行われ、大量の花火が夜空に放たれるそうだ。
 これがまた綺麗らしく、花火が上がった時に告白した生徒は必ず結ばれるとか、末長く幸せな人生が送れるとか……。
 まあ、架瑚さまのいる私には関係のない話である。

「そっちの片付け終わってるなら、藍と紡葉、派遣してくれない?」
「別にいいわよ。藍、紡葉、いける?」
「ん、いいよ」
「大丈夫だ」
「じゃあお願い。……あ、私と嵐真と綺更は先に校庭に行ってるからね」
「いい席頼んだ」
「任せとけ」

 私と紡葉くん、依世ちゃんを残して咲音ちゃんたちは教室から出て行った。
 花火の席取りは重要らしく、早く行かなければすぐに埋まってしまうらしい。
「特別クラスの顔面偏差値を超えられる者は天宮にいないわ。全部埋まってても奪うから安心して」と咲音ちゃんが前に言っていた。
 奪う……のはやめておいた方がいいと思うが、場所を譲ってほしいと言われたら譲ってしまうかもしれない。
 架瑚さまが二人もいる計算になるからだ。

「ありがと。じゃ、来て」

 依世ちゃんの手を引かれ、私たちは『夢遊空想』の中に入る。

(わっ、いつ見てもすごいなぁ……)

 不思議な感覚だ。
 異能による空間なので現実には存在しない空想の空間なのだろう。
 壁がすべて真っ白で、周りには本や春蘭祭で使った道具がある。
 だけどーー

「……なぁ時都、俺、おかしいのかな」
「……ううん、多分違う。もし私の思ってることが紡葉くんと同じなら、おかしくないはず」

 そこには、ゴミなんて一つもなかった。それどころか、道具もなかった。すべて特別クラスに移動させたと思われる。

(どういうこと……?)

 何故、依世ちゃんは私たちを嘘をついてまでして呼んだのだろうか。紡葉くんもきっと同じことを考えているのだろう。
 『夢遊空想』の特別クラスへの出入り口が消える。
 嫌な予感がした。

「私ね、ずっと願ってた夢があるの」

 そんな中、依世ちゃんは唐突に話し始めた。

「どう、したの依世ちゃん……」

 何かがおかしかった。

「兄さんと姉さんは、優しい人だったの」

 何かがおかしいと、本能的に察していた。

「私なんかよりもずっと、生きるべき人たちだったの」

 だけど、それを否定する自分がいた。

「そう、私なんかよりもずっと、生きるべきだった……!」

 その隙を狙われた。

「っ、依世ちゃ……!」
「『動かないで』」
「「!?」」

 依世ちゃんの言葉が、現実となった。
 私たちは一歩も動くことができなくなったのだ。

(何が起こっているの……)

 今、現実にいる依世ちゃんが、依世ちゃんだと思えなかった。
 依世ちゃんの目は(うつろ)で、どこか遠くを見ていた。

「ごめんね藍、真菰くん」
「っ!」

 地面から草木が現れ、茎や(つる)が体に絡みつき、固定する。
 必死にもがこうとするが、依世ちゃんの先刻の言葉によって、封じられていた。
 紡葉くんも同じようで、顔を歪めている。

(動けない……っ)

 何が起こっているのかわからなかった。
 いや、理解できなかったのだ。
 もっと言うならば、理解したくなかった。

「もう限界なんだ、私」

 一歩、また一歩と依世ちゃんが近づく。

「『能力向上』と『絶対治癒』があれば、私の願いは叶えられるの」

 『能力向上』と『絶対治癒』を組み合わせてできることはただ一つ。

「私は兄さんと姉さんを“蘇らせる”」

 死者蘇生は禁忌魔法。
 使えば絶対に死ぬ。
 それどころか、願いが叶うこともない。
 だがそれは、魔法においてのみ。
 異能では……どうなるかわからない。

「もうずっと前から決めたことなの」

 でも、これだけはわかる。

「この命に変えても、絶対にやるって」

―――依世ちゃんは自分の命と引き換えに、誠実様と遥香様を蘇らせようとしている。

 事の歯車はもう、動き始めている。